▼1866〜1925:革命家

孫文(Illustration:マスダ) いわずと知れた、中国革命のお父さん、孫文。字は逸仙、号は中山(ちゅうざん)。中国人は「孫中山」欧米人は「孫逸仙」と呼ぶことが多いとか。辛亥革命前の武装蜂起の失敗で、一時横浜に亡命していたので、日本でも馴染みが深く、お年寄りなんかはごく自然に「孫文先生」と呼んだりする。
 この人はまあ、スゴイ人である。少年時代は極貧の貧農の家に育ち、初めて寺子屋へ行ったのは10歳になってから。それなのに兄が出稼ぎ先で成功して金ができると猛勉強して医者になり、さらには清朝末期の悪政に対して立ち上がり、革命家になってしまうのだ。
 孫文が革命家として成功したのは、革命の段階によって柔軟に思考・主張を変化させていったところにある、と評価されている。要するに、いくら高い志を持っていても、カタクナに一つのやり方に縛られていては、彼のような大人物にはなれないということだね。
 こういう大人物には、普通「おいおい」とつっこみたくなるような逸話が残っているものであるが、彼の場合ホントに見つからない。ようやく探し当てたのが左のエピソードである。
 一応お約束的に「ウーマン」が好きだというオチにしたけど、よく考えてみたら「革命が好き」というのは、結構きわどい発言である。この人、好きで革命をやってたのか…?と思うと、ちょっと恐い。