▼1894〜95

日清戦争(Illustration:KUNIMORI) 明治維新という政治体制の根本的改革によって植民地化の危険を脱した日本は、国力充実と共に早速対外進出に乗り出した。最初の目標となったのが、お隣の朝鮮であった。
 当時鎖国政策をとっていた朝鮮を、江華島事件によって一気に不平等条約による開国へと持ち込むあたり、かなりの力技である。当然、朝鮮の宗主国であるつもりの清朝は面白くない。1882,1884両年の朝鮮内乱に乗じて日清両国が出兵し、あわや戦争かと思われたが、…新条約によってなんとか「両軍撤兵」で始末をつけた。
 その後日本と清ちゃんは、お互いを伺いながらも一応の均衡を保っていたが、1894年の甲午農民戦争(かつては「東学党の乱」と習った)を口実にまたしても日清両国が出兵、これをきっかけに日清戦争に突入した。
 日清戦争の講和条約である下関条約で日本が獲得した遼東半島に三国干渉があったのは周知の事実だが、この三国干渉が日露対立の始まりで、日露戦争にまで通じていることも見逃してはならない。