▼1889〜1900

義和団の乱(Illustration:KUNIMORI) 戊戌の政変によって政権を握った西太后派は、保守・排外の超反動政治を行った。この動きから民衆の間にも排外感情が高まり、反キリスト教運動が盛んになっていった。
 反キリスト教運動の一翼を担ったのが、義和団である。義和団とは、白蓮教系の義和拳という拳法を使う集団であり、下層市民が参加して1897年以降じわじわと勢力を拡大、山東半島へのドイツの進出をきっかけに武装蜂起に踏み切った(日本では「北清事変」と呼ぶ)。
 義和団による反乱が起きたとき、彼らが掲げる「扶清滅洋(清朝を助けて西洋を滅ぼす)」のスローガンを見て、西太后派清ちゃんは列強に宣戦するという暴挙に出た。しかし義和団というのは、拳法で体を鍛えて銃の弾を跳ね返すという、とんでもない思想軍団だったので、一体西太后派は何を頼みの綱として列強に宣戦したのか、未だにワタシには理解できない心の内である。