▼1895/98

中国分割(Illustration:KUNIMORI) ヨーロッパ列強は好き放題をしているように見えて、実は清朝を「眠れる獅子」と称して用心していたのである。ところが日清戦争が起き、あれよあれよのうちに、開国したばかりの小国日本が勝ってしまった。清ちゃんの弱体は高らかに宣言されてしまったのである。
 当然列強はこぞって清ちゃんを分割にかかり、1898年にはほぼ分割は終わってしまった。
 1899年、遅ればせながら中国の広大な市場に気づいたアメリカは、国務長官ジョン=ヘイが『門戸開放宣言』を出して中国に関する保証を求める。「門戸開放、機会均等、領土保全」を三原則として提案されたこの宣言は、よくよく考えると何のことはない、後からやって来たアメリカでも中国でうまく稼げるようにしようという内容のものなのであった。