▼1911

辛亥革命(Illustration:KUNIMORI) 義和団後、清ちゃんは、再建・延命策に懸命になった。しかし科挙廃止等、その改革が変法派の主張であり、一度弾圧したモノをとりあげるという二重性は、人心を離反させた。
 そこへもってきて1911年の『鉄道国有令』は最悪だった。財政再建を名目とはいえ、民間利益を取りあげるこの政策のおかげで、民衆はバクハツした。
 四川暴動に始まり、10月10日の武昌新軍の蜂起(この日は双十節として中国の建国記念日になっている)をきっかけに、各省が独立宣言を発する。1912年の中華民国成立(臨時大統領:孫文)をもって辛亥革命と呼ぶが、清ちゃんはこの時点ではまだ滅んではいない。起死回生を狙う清ちゃんは軍閥の袁世凱を起用して革命軍平定を命じた、が、不届きにも袁は孫文と取引し、宣統帝溥儀の退位を約束した。
 このラストエンペラーの退位と同時に、清ちゃんの268年の歴史は終わるのであった。