▼1928.06.04:奉天

張作霖爆殺事件(Illustration:KUNIMORI) 1928年、北伐※1に追われて北京から奉天に帰る途中の作霖を、関東軍が列車ごと爆破してしまった事件。日本では奉天事件と呼ぶ。
 東北軍閥奉天派としてふるっていた作リンを見て、日本は「イケる」と思って作リンを支援。うまくいったら満州を貰っちゃおうと思っていたが、28年作リンが北伐に破れちゃったので、作リンを捨てて満州を自力で占領することに方針変更。
 直接実行したのは関東軍参謀の河本大作大佐。その後、中国人3人を風呂に連れていって身なりを整え、偽の密書を持たせて殺し、国民政府軍の仕業に見せかけた。ところが一人が逃げてしまったことと、風呂屋の主人が顔を憶えていたことが証拠になってバレてしまった。これを知って、作リンの跡を継いだ息子の張学良は怒ってしまい、対立していた国民政府の仲間に入って抗日的になってしまった。
 日本は仕方がないので、とりあえず田中首相がやめた。関東軍はその後柳条湖事件を起こして念願の満州事変へとつなげ、ついに清ちゃんちの溥儀を担ぎ出して満州国をおったててしまった。
 思えば、この奉天事件が関東軍暴走の前兆だったのかもしれない。


※1 分裂の局地にあった当時の中国を、北方の軍閥を打倒することで統一しようとした国民革命軍の反帝・反封建の戦い。1928年12月末に張学良が降ったことで、中国統一=北伐=国民革命が一応完成する。