▼genealogy of Kiev

系譜
a.リュリク
教科書に載ってるよね。殆どのヒトは覚えてないと思うけど。とりあえず年代記では、ルシと自称するヴァリャギ(スカンディナビアのノルマン人)のもとにノヴゴロドの人々が使いを送って統治者を呼び寄せた、ということになっている。この辺は「いや、これは架空の伝説で、本当はスラブ人がルーシの起源だ」とする『スラブ説』と論が分かれるところで、未だに確たる結論は出てない。だから、あんまりリュリクという名前を「ノヴゴロド公国を建てたヒト」として紹介するのはどうかとも思うんだけど。

c.オリガ
955年にキリスト教の洗礼を受けているので、年代記では特別賢い女性として描かれている。でも、旦那を殺した種族を騙して生き埋めにしたり、焼き殺したり、5千人斬り殺したり、結構恐いことをやってるんだけどな。

e.マルシャ
オリガ(c)の家政婦長みたいな感じの使用人。重要な仕事ながら社会的地位は低いので、ウラヂミル(i)は『奴隷の子』と呼ばれたりする。ちなみに彼女のお兄さんであるドブルィニャは、ブィリーナで親しまれている人物。

i.ウラヂミル(聖公)(988-1954)
ギリシア正教に改宗したことで『世界史的意義』があるっちゅーことで、キエフ時代で唯一教科書に載るヒト。改宗前は1000人の妾を囲ったり、兄ちゃんはじめ身内も容赦なく攻撃したり、結構アクマな性格なので、本当は改宗後もどうかな、とワタシは思っている。

k.ログネヂ
ポロツクのヴァリャグ公家の娘さんで、ウラヂミル(i)がポロツクを手に入れるため強引に奥さんにしちゃう。ところがアンナ(m)を娶るときに邪魔になって追い出されちゃったので、ポロツクとの間の禍根となる。

m.皇女アンナ
完全人身御供。ウラヂミルがクリミア半島に攻め込んでビザンツ皇帝に「アンタ、未婚の妹がいるらしいじゃん。それをくれないと、もっと攻め込んじゃうぞ」と脅しをかけたので、仕方なくウラヂミルの改宗を条件に嫁に出されたのである。その後、1001年の死亡記事まで名前が出てこないので、やっぱり幸せじゃなかったんだろうなあと思われて、ちょっと可哀想だ。

1.スヴャトポルク(980-1019)
ウラヂミル(i)が、自分が殺したお兄ちゃん(g)の奥さん(しかも元修道女)を自分の奥さんにしたんだけど、すでに彼女が身ごもっていて生まれたため「呪われたスヴャトポルク」なんて言われる。出生のおかげですっかりヒネちゃったのか、ウラヂミルが死ぬと、自分の兄弟をガンガン殺して回ったりした。

5.ヤロスラフ(賢公)(988-1054)
ウラヂミルが『世界史的意義』だったら、こちらは『キエフ・ルーシ的意義』がある御仁。でも、ちょっとこの人が賢すぎたので、子供があんまり…という気がしないでもない。

11.ブリャチェスラフ(997-1044)
ノヴゴロドを電撃占領後、年代記ではヤロスラフ(5)に撃退されるが、ノルウェー・サガではヤロスラフが根負けして3年間キエフ大公の座を譲ったことになっている。とりあえず、ポロツクとキエフの間の不和を初めて露わにした人物。

B.イジャスラフ(1024-1078)
在位中にキエフ市民に暴動を起こされたりして、嫌われ度の高い人物。ちょっと頭が足りないかも、という気もしないでもない行動が目立つ。ブィリーナではこっそり悪者のモチーフになってたりする。

L.フセスラフ(人狼公)(1021-1101)
キリスト教的立場から書かれている年代記の中で、人狼とか魔法使いとか言いながらも好意的に描かれている特異な人物。1068年のキエフ暴動に際してキエフ大公となる。その後もポロツクで元気良くやっていたようで、ブィリーナでは英雄として描かれる。

C4.オレグ(1056-1115)
1078〜1096の間、異民族ポロフツィを味方につけて多いにルーシを騒がす。

D1.ウラヂミル・モノマフ(1053-1125)
この人こそ「聖公」にふさわしいのでは?頭が良くて勇猛で、その上慈悲深い人物として描かれていて、年代記にはこの人の訓話や手紙が載っていたりする。

F1.ダヴィド(1058-1112)
1097以降、大人しくなったオレグ(c4)のかわりにはりきって悪事を働く人物。年代記を読んでいると、「何がそんなに不満なの?」と優しく声をかけて肩を叩いてあげたくなる。


上の系図は『ロシア原初年代記』(名古屋大学出版会)に掲載されている1110年までの主要事件に関わった人物を中心として作成しました。
“ヤロスラフの子等”の子供以下も系図は続いているけど、略しちゃいました。
番号・記号はこのコーナーで識別をつけやすいようにふったもので、生年・在位などには全く関係ありません。