▼wolf folklore of Slav

 スラヴの人狼に関する民間伝承は、ちょっと独特だ。人狼とは『ある期間狼に変身することのできる呪術師』あるいは逆に『呪術師によって狼にされた人間』である。この時の「ある期間」というのは「満月の夜」とかではなく、冬という季節である。食糧不足で人間の前に出てくる狼が増えることが関係しているかと思うが、とにかく冬は丸太の上で2回宙返りすれば自由自在に狼になれる人狼も、夏はオフシーズンなのだ。
 但し『呪術師によって狼にされた人間』の方には、オンシーズンもオフシーズンもない。大抵こういう人は何かの理由で呪術師の機嫌を損ね、罰として狼にされてしまうのだ。したがって、何年も狼の姿で放浪していたオヤジが、ようやく人間に戻してもらって大喜びで家に帰ったら奥さんはとっとと別の男と結婚していた、なんて悲劇もおきたりする。つまり狼に「変身させられた」人間の話は大抵「訓話」的で、「罰を受けたおバカさん」の意味合いが強いのである。
 これが『自分で変身する能力のある呪術師』になると、逆に『英雄』として扱われることが多くなる。ポロツク公フセスラフは、そういう『英雄』の中の一人だ。
 フセスラフ公は『人狼公』という別名通り、千里眼と変身能力を持ち奇跡を起こす超人と信じられた。民間の口承伝承や叙事詩の中では狼になって走ったり、部下共々蟻になって敵地に入り込んだり、一夜にしてロシアの大地を駆け抜けたりして大忙しの英雄なのだ。
 フセスラフ公はウラジミル聖公の曾孫に当たるから、彼が生きていた時代は当然ギリシア正教が国教となっていた。教科書なんかではウラジミルの改宗を境にキエフ公国全体が一気に正教化したような印象を受けるが、残念ながらそう巧くはいかなかった。スラヴの人々にはキリスト教を受け入れる「切実な理由」がなかったのである。そのためなかなか民間信仰は衰えず、最初は排除に躍起になっていた教会も、次第に民間信仰を取り入れる方向に動き、両者が融合した時点でようやく民衆レベルの正教が定着するのだ。
 つまりスラヴの「民衆」のレベルでは、フセスラフ公の生きていた時代は、まだまだ人狼や吸血鬼が「実在」した時代なのである。そして、フセスラフ公はキエフの民衆反乱によってキエフ公となる(1068年)キエフ公国の歴史の中では珍しく「民衆と関わった公」だ。そう考えると、人狼であり呪術師であるポロツク公が、長い間人々の間で『英雄』として扱われた背景が判ってくるような気がして、ワタシはワクワクしちゃうのである。