▼Byilina Of Volf

 英雄を語ったブィリーナには必ず『ウラジミル太陽公の治めるキエフ』が登場する。ところが一つだけ、この『ウラジミル太陽公』が全く登場しない英雄ブィリーナがある。それがヴォルフ(ヴォリガ)・フセスラヴェヴィチの印度王国遠征のブィリーナだ(※1)。
 このヴォルフはマスダの大好きなポロツク公フセスラフがモデルである。ヴォルフ・フセスラヴェヴィチという名前は、ほとんど「人狼公フセスラフ」といっているのと同じ意味だ。そのため、このブィリーナをかなり「史実を反映した」ものだと捉える向きがあるようである。
 ヴォルフのブィリーナの筋は左の通り。魔法によって生まれたヴォルフが、成長してインドに攻め入り、見事インドを攻め落とす…という遠征譚である。
 普通のブィリーナであれば、ヴォルフが成長した時点でキエフに向かい、ウラジミル太陽公に仕えて、その後インドへ遠征するという筋になるはずだ。しかしヴォルフのインド遠征のブィリーナには太陽公の名前は一切出てこない。キエフには無名の公が座しているか、あるいは主が不在かである。この部分が『ある程度の史実』を含んでいるのではないか、と思われているのだ。
 この遠征譚は、1068年のキエフ暴動を下敷きにしているのではないか、と。つまりインド王国というのは実は他ならぬ“キエフ”の事であり、インド王は時の嫌われキエフ大公イジャスラフで、ヴォルフがインド王になるというのは1068年にフセスラフがキエフ大公になったことを示しているのだというのである。
 1068年の事件は民衆の暴動に端を発したものであり、民衆にとって「胸のすく事件」だったことは間違いない。しかし、最終的にはイジャスラフがキエフ大公座に戻ってきて、暴動に荷担した市民に凄惨な復讐をしていることから、これをそのまま語ることはできなかったのだろう。仕方がないので、イジャスラフをインド王に置き換えて「作り話だもんね」というフリをして、このスカッとした事件を伝説として語り継いだ…実にありそうな話である。
 とすれば、民衆は暴動が失敗した後もイジャスラフに従順なフリをしつつ、彼を「無能で背教的なインド王」としてバカにし続けていたと言うことである。史料にはあまり顔を出さない『民衆』も、なかなかシタタカに生きていたんだな、と思われて、この説がワタシは大好きなのであった。


※1 ヴォルフの他のエピソードを語ったブィリーナの中には、彼がウラジミル公の甥であることになっているモノなどもあり、それだけに一層この印度遠征譚にウラジミルが出てこないことは異質である。