▼Vladimir

 高校時代に世界史を習ったヒトに「キエフ公国」の話をしようとすると「ああ、あのウラジミル聖公とかの?」と言われることがある。が、「とか」の次が出てきた試しはない。要するに、キエフ公国で唯一知名度のある公がウラジミルなのである。
 ウラジミルが(ある程度)有名なのは、彼がギリシア正教に改宗したことによって、キエフが、ひいてはロシアが西欧世界の仲間入りをしたためだと思われる。教科書には「最盛期」なんて書かれているけど、これは根拠のないオマケみたいなもの※。要するに「キリスト教」という宗教がまだ政治に密接に関係していた頃には、改宗というのはメチャメチャ大きな意味を持っていたのである。そのため、異民族の中から初めて改宗した王様は、「聖」とか「大」とか、大層な冠を名前に頂くことになるわけである。
 この辺が、日本人としては理解しにくいトコロではなかろうか。
 日本人が「聖公」と聞いて思い描くのは、清廉潔白、高尚な哲学と高邁な人格、慈悲の心…等、いわゆる「聖人」のイメージだと思う。ところがキリスト教を中心に回っていた世界では、「聖」は人物の性格や行動に付与される名ではなく(そういうこともあったけど)、「キリスト教にとって発展的役割を担った人物」に与えられるものだったようなのだ。
 実際ウラジミルなど、改宗前には1000人もの愛妾を囲っており、敵対すれば兄弟をも殺すという残虐さ。大体、改宗自体だって多分に政治的計算が働いていたと思われる。だから改宗後も年代記に記述されていないだけで、不道徳を働いていた可能性だってある。それでも彼は「異教のキエフ公国を正しいギリシア正教へ導いた聖なる人物」なのだ。この辺を理解しないで世界史を学んでいたりすると、とんでもない暴君を、慈悲深い最高君主なんてうっかり思いこんだりしちゃうので、注意が必要である。
 と、ここまで書いてきてふと思ったんだけど、「愛妾1000人」というのは年代記に書かれていることなんだよね。年代記は修道僧が書いているわけだから、改宗前と改宗後のギャップが激しければ激しいほど「キリスト教」の売り込みになると考えたハズ。とすると、「改宗後の悪事を隠していた」可能性と同様に、「改宗前の悪事をでっち上げた(又は誇大表現した)」可能性もあるのでは…?改宗したが故に改宗前の自分を悪人にされたんだとしたら、なんともやりきれない話だ。
 どちらにしても、宗教がらみの人物や事件について語るときには、日本人は3倍注意しなくてはいけないと、こういうことなんだろうと思うのであった。


※ 今まであまり結束の強くなかったキエフ諸侯をまとめ上げた有能な公ではあったけど、それはあくまでも「下地」であって、彼自身が最盛期を現出したとは思えない。