▼fseslav the wolf

 ワタシがフセスラフという人物を最初に知ったのは『スラヴ吸血鬼伝説考』という本だったと思う。この中に“実在し、かつ現実に人狼と呼ばれた英雄公”として紹介されていて、その伝説的人生に感動したワタシは「卒論のテーマはこの人しかいない!!」と思いこんでしまったわけなのだ。
 実際この人物は『原初年代記』の中でも特異な扱いをうけている。初登場の1044年の項では、彼がポロツクの公座に就いたという記事に続けて『彼は母が魔法によって生んだのである…(中略)…このために彼は血を流すことに容赦しないのだ』なんて彼と彼の母親が“魔法使い”であることをほのめかすような描写をされている。さらに、死亡記事(1101年)は『4月14日の水曜日、昼の9刻に亡くなった』と時間まで記されている(普通は日付まで)。
 どうやら『原初年代記』が記された時代には、既に“フセスラフ伝説”という感じのものが生まれいて、年代記もこれに影響を受けながら書かれているようで、記述も妙に物語チックだ。しかしながら、そのせいで逆に“実際のフセスラフ像”が隠されてしまっている気配なのである。
 というのも、伝説のフセスラフは人狼・魔法使いにして勇猛かつ残酷な英雄として描写されているのだけど、原初年代記の他の項目を見ると、この人、ケッコウ戦に負けているのだ。キエフ公になった翌年の1069年には、イジャスラフの軍勢を前にして、夜中にこっそり逃げ出したりもしている。もちろん年代記に描かれていない部分でメチャメチャ戦に勝っていたのかもしれないけど、年代記がこれだけフセスラフをひいきにしているのを見ると、もし大きな戦があったなら、ちょろりとメモくらいされていそうな気もする。
 ということは、これはワタシの全く勝手な憶測なんだけど、彼は案外『古き良き従士団の長』という雰囲気のヒトだったんじゃないんだろうか。つまり従士団(兵士)と寝食を共にし戦野を駆け巡る、豪放で親しまれつつ尊敬されているような、そんなヒト。ちょうど11世紀頃といえば“公”が少しずつ“貴族”化して甘い汁を吸うようになりはじめた頃だから、余計にフセスラフのような豪放オジサンは慕われたのかもしれない。それが次第に「あの人は凄かった」という賛辞になり、やがて「ちょっと変わった人」のイメージが魔法使い・人狼と呼ばれるようになり…なんて感じで伝説ってできていくものなんじゃないだろうか。こんな風に考えると、彼が本当に「負け知らずの英雄」ではなくても「よきかなよきかな」なんて気分になるんだけど。


※河出書房新社『スラヴ吸血鬼伝説考』栗原成郎・著。現在では『吸血鬼伝説』のタイトルで河出文庫から再販されている模様。おもしろいッスよ。