『目には目を、歯には歯を』という同害報復で有名なハンムラビ法典。どのくらい有名かというと、「はにははを」と入力すると、大抵のワープロは一発で「歯には歯を」と変換するくらいに有名である。
 しかし、実はこの「同害報復」が当てはまるのは「同等身分」の間に限られるのであって、身分ランクが下がるにつれてお金なんかでカタがつくようになっている…てなことを書こうと思っていろいろ調べたら、この法典の面白さは「同害報復」以外のトコロにあるということが判ってきた。
『もし、ある市民が他の市民を殺人の罪で訴え、しかしその罪を立証できなければ、訴えたものは死刑に処す』
 これは、ハンムラビ法典第1条の条文である。
 何かに対して訴え出たとき、それを証明できなければ、訴えた方が訴えた内容と同等の刑を与えられるのである。ひゃー。
 こんな条文を聞いたりすると、ハンムラビ王はとんでもない暴君に思えてくるけど、彼は意外にも敬虔な宗教者であり、古代君主にありがちな『オレが神だ!』という主張もしなかった。神をあがめる彼は正義を重んじ、国の秩序のために法典を編纂した、とされている。
 そう思って改めて法典を見直すと、大工が手抜き工事をしたために家が壊れて死者が出たときの罰則(229条)だとか、子供を成した妻を必ず優遇するようにとか、案外『道徳的』な判断が多いことに気がつく。
 とするとハンムラビ法典の第1条で“罪を立証できなければ告発者が刑を受ける”というのも、罪を立証できない以上それは「いいがかり」であり「悪口」であるから、他人に対して「悪口」を言うような人間は処罰する、というわけか。道徳的だ。ちょっと恐いけど。
 また、第2条では、市民が誰かを告発したら被告人を河に投げ込んで、沈んでしまったら(つまり溺れたら)有罪、浮かんできたら無罪、逆に告発人が死刑になる…とされている。
 結局、人間の判断では罪がハッキリしないのならば、自然(に宿る神様)に判断をお任せする、ということなのだろう。
 ハンムラビ法典は、『もし●●ならば▲▲する』という282の条文から成っていて、死刑などの極刑が多い(酒場の女主人が酒量をごまかしただけで死刑になってしまったりする)ので恐ろしく感じるけど、どうやらこれらの規定は厳密に施行されたわけではないらしい。
 要するにこれらの条文は“脅し”なのである。死刑などの重い罰で威嚇し、抑止力にしようというわけだ。
 ならば、ハンムラビ法典は『もし父親を殴ったら、殴った腕(=息子の腕)を切るぞよ!』と脅しているような顔をして『父親を殴っちゃイケナイよ』とハンムラビさんが教え諭してくれている道徳書なのだ。そんでもって、そういう道徳を知ることでみんなが秩序を守って暮らしていける、やっぱり素朴な世界なのだろうなあ、バビロニアは。
 ホント、バビロンまでは何マイルあるんだろうな。