エジプトのピラミッドは、相変わらず古代史好きのハートをガッチリ掴んで離さないナゾに満ち満ちているけれども、最近は以前の常識とは違う事実が定説になりつつあるのをご存知だろうか?1
「ピラミッドは、決して強制労働によって造営されたのではない」という内容である。
そもそも、強制労働とは非常に効率の悪い仕事である。
豊臣秀吉(まだ豊臣じゃない頃だけど)が、どこかの城壁を作る時「自分達の分担部分を一番速く作り上げたら賃金倍増!」と約束し、通常より遙かに速く城壁を作り上げたハナシもあるではないか。見返りへの期待が、人を勤勉にするのだ。それが全く期待できない状況では、労働意欲そのものが生じないのは当たり前である。
いくら見張りを厳しくして、「働け〜働け〜、ピシピシッ(←ムチの音)オラ!そこ休むな!」なんて監視する人がても、その監視人の見ていないところではみんなサボる。強制労働でサボらせないためには、働く人と同じ数だけの監視人がいるのだ。そんなに監視人が必要なら、監視人の給料で労働者を雇った方がなんぼかマシだ。
そんなに仕事率が悪くては、あの巨大なピラミッドは造れない、というのである。なにしろ金字塔と言われちゃうくらいにでかいんだから、そりゃもうデカイのだ。みんなが一生懸命パキパキ働かないと、金字塔をうち立てるのは無理なわけ。
じゃあ、エジプトの人民は何故あんなべらぼうなピラミッドを造るために喜んで働いたんだろうか?
一つには「お仕事として」であろう。ピラミッドの近くには、職人村みたいなものが作られて、労働者はそこに住み込んでいたらしい。他の一般家庭から穀物などを徴収し、その職人村を維持する…つまり税金の投入である。ピラミッドは国営事業だったのだ。現在でも公務員が食いっぱぐれのない職として人気なように、エジプトでもそんな職業は人気だったのかも。
もう一つは、ファラオへの忠誠心、あるいは信仰心だよね、当然。 現在の私たちは「ファラオは『神の化身』として振る舞った」とか聞くと、何やら新興宗教で「オレの前世はキリストだ」と主張している人と同じようなイメージで見てしまうけど、そもそもキリストすら生まれていない時代の人たちなのだ、彼らは。
エジプトの人民は、純粋にファラオを神の化身だと信じ、ファラオのために働くことを望んだハズだ。そういう人々にとっては、賃金とか食事とか、そういう物質的な見返りではなく、自分の信ずるもののために働くという心の見返りが大きかったんじゃないだろうか。
大体何故、ピラミッドは強制労働で造られたと思われたんだろう?灼熱のエジプトで、べらぼうにデカイ石を運んで積み上げたりするとんでもない肉体労働を、喜んでやるヤツがいるとは夢にも思わなかったんだろう。こりゃ古代エジプト人に一本とられたというカンジか。
ちなみに、最近の技術でピラミッドを造営すると、1250億円かかるそうだ2。しかも、建設にはヘリコプターや何やら、現代の建築機器を総動員して、である。
そんな建築機器のない時代に、今もって解明されないほどの技術で作り上げるピラミッド…案外、ピラミッド造営は、当時エジプトの最先端の技術を駆使する、カッコイイとアコガレの職業だったのかもしれないな。

  1. もう最近の高校の授業あたりでは「強制労働ではなかった」と教えてるみたいだけど、一部の「昔高校生だった人たち」には強制労働説が根強いと思って…。 []
  2. 昭和53年のNewtonに掲載されていた大林組の見積。ということは現在はもっと高いね。 []