▼ 121〜 180:ローマ皇帝

マルクス=アウレリウス(Illustration:マスダ) ローマ帝国が最も繁栄した時代の皇帝達を称して、五賢帝という。その最後の皇帝が、マルクス・アウレリウス・アントニヌス(161〜180在位)※1
 若い頃からこよなく哲学を愛した彼は、多くの哲学者に学び、理論よりもまず実践とばかりに服を投げ捨てボロをまとい、粗食に喜び、石の上に寝る生活をしていた。そのかいあって、十代後半には哲学者としての名声を得て時の皇帝ハドリアヌスに認められ、未来の皇帝に指名された。
 『ローマの平和』※2の時期と言われていながら、彼の時世を語ると戦争だらけになってしまう。現在ローマにある、マルクス・アウレリウス記念柱にも、この時の戦いの様子が数多く描かれてる。でも派手な外征ではなく、地味な防衛戦争ばかり。
 というのも彼は哲学者として生きたかったところを、我慢して皇帝としての責務を果たしていた※3からだ。それなのにキリスト教徒からは迫害者として、歴史家からは能なし息子のコンモドゥスを後継者に指名して※4ローマのよき時代を終わらせたと非難されてる。可哀想な皇帝である。


※1 のち中国で『大秦王安敦』という名で伝わることになる
※2 Pax Romana ローマの統一によって一時的に平和が訪れた時代
※3 「ワタシの属する国は、アントニヌスとしてはローマ、人間としては世界である」と言っちゃうコスモポリタン安敦だが、ローマを守るためには戦争をしなくてはならず、侵略戦争と権力抗争の中で人間としてのあり方に悩み、深く内省した『自省録』を著した。
※4 『自省録』は息子コンモドゥスのために綴ったとも言われている。今も人々を涙させている名著が、バカ息子に向けて書かれたものとは…