大学入試で世界史を選択すると、かなりの確率で「ギリシャかローマ」の問題が出題される。そのうち「ギリシャ」は、ほぼまちがいなく「アテネの民主化」にからむ問題である。
 そんなタイヘンに歴史的意義の大きい、といわれるアテネの民主化の第一歩は『ドラコンの立法』といわれるものであった。
 ドラコンの立法は、今まで貴族が話し合いで「いつもこうやっているから今回もこんな感じでヒトツ。まままま、そんなカンジでよろしくよろしく。じゃ今日はこんな感じでこのままイッパイ行きますか?キュッとね、キュッ」なんてやっていた“慣習的な”方法を、きちんと文章に書き留めたモノだ。
 が、意外にも「民主化の第一歩」とされているにもかかわらず、中に書かれている内容は、貴族の特権をこれでもか的に強化するものであって、お世辞にも民主的とはいえない。
 そんではなぜ、これが大学入試試験にまで「民主化の第一歩」として出題されるのか?
 現ロシア、元ソ連邦で、ゴルバチョフオジサンがペレストロイカを始めたとき、ペアになって呪文のように唱えられた『グラスノスチ』って覚えてるだろうか?今までひたすら隠してきた情報を少しずつ公開いたします、っていうアレですね。『ドラコンの立法』の意義は、まさにこのグラスノスチの意味に近いモノがあるのだ。
 つまり密室である間は、「な〜んか怪しいんだよな」と思っていても、確証がないためつっこむことができない。仮につっこんでも、相手に「そんなことしてないよ。ちゃんとやってるよ。んもう、疑り深いんだから。き・む・づ・か・し・や・さん」とトボケられればそれでおしまいなのである。
 アテネ貴族共和制の初期は、まさにこの状態だったのであった。
 そこへドラコンの立法で、貴族がどんなことをやっているのかということがビシッと文字になった。するとそこには、まさしく「ムチャクチャやってるよ」という内容が書かれているではないか。
 そしてなし崩し的にアテネの民主化がスタートする。やってることは全部書き留められているから、もう「そんなことしてないよ」というゴマカシは通用しなくなってしまったのだ。
 結局これは、現代の私たちがいろんな機関に対して「もっと情報を公開しろ!」と要求しているのと心は同じなのである。
 しかしなんというか、やってることを偽らずバカ正直に「成文化」しちゃうあたり、アテネのオジサンたちは、やっぱりまだ「ピュア」だったんだろうなぁと、すでにやってることを誤魔化しながら成文化する国に住んでいるワタシなんかは、ちょっとほほえましく思ってしまうのであった。