『中世ヨーロッパ』という言葉を聞くと、騎士がいてお姫様がいて吟遊詩人がいて…そんな華やかなファンタジーの世界を思い浮かべてしまうヒトも多いかもしれない。
もちろんそれは間違いというわけではないけど、この「中世」という言葉は、もともと「価値のない『中間の世代』」という、かなり否定的なイメージから生まれたモノである。
勿論それは、中世という時代が夢のない暗黒時代だった、ということを言っているわけではない。大体、中世がなければ、現在ワタシタチがイメージする『ヨーロッパ』自体が存在しなかったかもしれないのだ。
ワタシタチが今「ヨーロッパ」と言った場合、思い浮かべるのは、大体フランス、ドイツ、イギリス…といったEC国家群あたりではないだろうか。ヨーロッパと言われて、いきなりポリス時代のギリシャやローマ帝国等を結びつけるヒトは多くはないはずだ。
それもそのハズ、現在のヨーロッパは古代ローマ帝国からまっすぐ伸びているのではなく、途中にある別の要素が結合して初めて成立するモノだからだ。
その別の要素こそ「ゲルマン民族」であり、このゲルマン的要素がヨーロッパに入り込むのが『中世』と呼ばれる時代なのである。つまり、中世ヨーロッパとは「価値のない時代」どころか、現ヨーロッパの政治社会が形成される大切な基礎工事の時代だったのだ。
それなのに、なぜそれが「価値のない中間の時代」と言われてしまうのだろうか?
世界史に疎い方でも、さすがに『ルネサンス』は知っているのではないだろうか?ちょっと興味のある人であれば、この「ルネサンス」が「再生」という意味を持っていることも知っているだろう。
ルネサンスが「再生」したもの、それはギリシャ・ローマの古典古代文化であった。
中世は確かにヨーロッパの基礎を作り、十字軍を派遣してイスラムという脅威と見事に戦い、一時代を築いた。しかしながら結局は十字軍は失敗し、大きな社会変化が起こるにつれ、社会は混乱し、中世時代の屋台骨であった『西欧封建制』が崩壊してしまう。
自分達の進展してきた方向が間違っていたことにようやく気づいた人々は、新しい文化・社会の指針を求める。そして選んだのが、古代でありながら世界帝国を築き上げていた自由な世界、ギリシャ・ローマの古典古代だったのである。
新しい指針を古い時代に求めたルネサンス時代の人々によって、中世は「間違った方向に進んでいた時代、何も生み出さなかった時代」と決定され、『価値のない時代』の烙印を押されてしまったわけだ。
失敗した時代を「中世」と呼ぶことで、ルネサンス人文主義者達は以前の時代に復讐したのである。
ソ連をはじめとするヨーロッパの共産主義国が崩壊したとき、「共産主義の否定」が行われるのを、ワタシは不思議なキモチで見ていたけど、よく考えてみればこれは『中世の否定』と同じものなんじゃないだろうか?共産主義が失敗した、つまりは共産主義が間違ったモノだったのだ!…って、根こそぎ否定することで、心の中で共産主義に復讐している、そんな感じがする。
更によく考えてみれば、これは個人レベルでもよくやることだ。
何かに失敗したとき、「何がいけなかったのか」を考えるよりも、別のやり方をどこからか引っ張ってきて、「こっちの方が正しかったんだ」って今までの全てを根こそぎ否定してしまう。そして「間違っていたやり方」そのものが悪かったかのように言ってしまう…。
そのやり方が悪いわけではないけれど、その後でちゃんと考えることができるのかな、と思うとちょっと不安だ。
何かを否定するだけでなく、否定したモノの意味を考える…そういうことができるようにならないと、世の中はまた『中世』と呼ばれる時代になってしまうのかもしれない。
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