フランク王国の分裂
   国家体制の未成熟,異民族の侵入,分割相続の風習
   ↓ヴェルダン条約(843)&メルセン条約(870)
   名目上は統一保持、内情は三国に分裂
1.イタリア
   最も早くカロリング朝の血統断絶(875)
   →分裂状態
     (※国家としての統一は1861まで待たねばならない!)
2.東フランク→ドイツ
   カロリング朝断絶後、選挙により王が選出される
   =ドイツ王国 成立
     オットー1世のとき教皇と親密化
   →962 神聖ローマ帝国成立
     皇帝のイタリア政策によりドイツ国内は諸侯が強大化
3.西フランク→フランス
   王朝断絶後「テキトーに有力な一諸侯」がとりあえず王に
   =パリ伯ユーグ・カペーによるカペー朝開始
     ※次第にラテン化(ローマ文明の相続人という意識)