高校世界史程度で、ビザンツ帝国で覚えるべき皇帝は、多分3人。最盛期のユスティニアヌス帝、聖像禁止令で西欧と対立・東西ヨーロッパを分けるキッカケを作ったレオ3世、そしてアレクシオス1世というところだろう。
そのアレクシオス1世は、『ビザンツの皇帝』としてよりも、『十字軍のキッカケを作った人』として有名だ。
アレクシオス1世が即位した頃のビザンツ帝国は、イスラムの新興勢力であるセルジューク朝にガンガン押しまくられてあれよあれよのうちに領土が削られ、もう「アタシもうダメ」という断末魔の状態であった。 そんな中、アレクシオス1世は40年間在位、軍事力と外交手段を最大限に活用してビザンツ帝国の寿命を100年延ばした…と言われているヒトである。
彼が試みた延命措置は、迫りくるセルジューク朝に対抗するために西欧・ローマ教会に援助を要請したことであった。
ただし、彼が頼んだのは「ちょっとばかし兵隊貸してちょ」という程度のものだった。要するにまあ、「ちょっと具合が悪いからクスリちょーだい」ってな程度だ。
しかし、ローマ教会“病院”は、これに過剰な反応を見せる。
ローマ教会とギリシア正教会は、1054年に完全に分裂してそれぞれ独自の道を歩んでいるが、もともとは一つの「キリスト教」である。当然、東西両協会は、できれば相手を自分の元に跪かせて統一したい…!と密かに思っていたのである。
コンスタンティノープル教会を中心とするギリシア正教の最大の特徴は、東ローマ帝国=ビザンツ皇帝が教皇を兼任し、政治・宗教両方の最高権力を握っている点にある。したがって、ビザンツ皇帝がローマ教皇に対して援軍を要請するということは、ライバルでもあるギリシア正教教皇がローマ教皇に頭を下げてきたということなのだ。
ローマ教皇は、ここで上手く立ち回れば「東西教会再統一」のチャンスだと思う。そしてそれを達成すれば、キリスト教の危機を救った教皇として自分の名前が歴史に燦然と輝くことは確実。
いろいろ考え過ぎちゃったローマ教皇は、ここぞとばかりに「悪魔イスラム教徒から聖地を取り返そう!」というスローガンを唱え、十字軍を組織してしまった。つまり「ちょっとクスリ」どころか、人工呼吸器やら心肺装置やら山のように機械をつけられて、集中治療室に入れられちゃったみたいな状態だったのだ。
アレクシオスもさぞビックリしたことだろうが、だからといって脳死判定を大人しく待っているわけにはいかない。そこで彼は、つけられた延命装置を少しずつこっそり外し、最終的には、小アジアをセルジューク朝から取り戻し、その時点でこっそり手を引いてしまったのであった。
ビザンツ帝国を、病院から生かして取り戻すことに、なんとか成功したのである。
もっとも、ビザンツ帝国が瀕死の重病人であることには変わりないので、何度も繰り返される『十字軍』という、強力だけど副作用の強い薬に、ビザンツ帝国はかなり悩まされる。
アレクシオスという優秀な介護人がついている間こそなんとかなったが、1204年には、その十字軍そのものがコンスタンティノープルを占領するという事件まで起きたりして、いったい何のための延命措置なのか判らなくなってしまったりした。
それでも瀕死の重病人は、イスラム世界の最終兵器オスマン朝が誕生するまで生き延びる。それも、アレクシオスの施した「適度な延命措置」が功を奏していたのかな…と評価したりもできるのである。
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ヴァシレイオス二世の存在を考えて見なさい。この世で、これほどの権限を行使できた者はいない。ただし、その権限を無理な使い方はしていない。そこがユスティニアヌスと違う。
皇帝はあくまでも俗人であって、「教皇」ではない。だから、ヴァシレイオス二世の部下が南イタリアに新たな教会を設置するときはローマ教会の了解を得ていた。
なお、教会のあり方は「フィリオクェ」問題で解るはず。