中世ヨーロッパの民族移動は、スラヴ人の展開・定着をもって、一応落ち着くことになる。受験生もホッとするところであろう。
ゲルマン人の移動に比べて、かなり「地味」に展開される印象のスラヴ人の移動であるが、彼らによってまがりなりにも「東欧世界」というものが構築されたことは確かである。
ローマ・ゲルマン・カトリック、が三大要素である西欧に対し、ギリシア・スラヴ・ギリシア正教が東欧の要素となる。ギリシア正教にもスラヴ人にもあまりなじみのない日本人は、ついつい「東欧はなんだか未知の世界」って気がしてしまうんじゃないだろうか。
無論、スラヴ人がすべてギリシア正教に改宗したわけではない。
ポーランドなどは早々にカトリックに改宗し「オレたちカトリックだもんね」という姿勢を前面に押し出して上手に立ち回ったため、他のスラヴ諸国が結構割を食ったりしている。
それでも「スラヴ=ギリシア正教」というイメージが強いのは、やはりキエフ公国の「ウラディミルの改宗」から始まって、ロシアがギリシア正教の後継者を自称するから、であろう。
じゃあそもそもウラディミルは、なんでギリシア正教を選んで改宗したのだろうか?
ロシアのキエフ時代の歴史的記録である『原初年代記』には、ウラディミルがギリシア正教を選ぶまでに、他の宗教を検討する経緯が書かれている。
ウラディミルが検討する宗教は、イスラム教、ユダヤ教、カトリック、そしてギリシア正教である。彼はそれらの宗教の教義・戒律などを比較検討した結果、ギリシア正教を選ぶのだが、他の宗教に対する悪口が、なかなかブッ飛んでいる。
イスラム教徒のことなんぞ、自分の尻を洗った水を口の中に入れて髭に塗ったりしている…なんてことを言っていたりしているのだ。なんだそりゃ。
もちろん『原初年代記』を書いたのはギリシア正教の修道僧であるから、他の宗教に関しては悪口放題。当然これも事実無根の悪口である。本気にする人はいないと思うけど、念のため。
しかし、ギリシア正教の修道僧としては、イスラムとユダヤに関する悪口はいくらでも書けるが、カトリックに関しては「同じキリスト教」という立場から、筆致は微妙である。
そんな彼らが指摘する「カトリックとギリシア正教の違い」とは何なのか?
ひとつは「彼らは聖餅を使っているけど、本当はパンじゃなきゃダメなんだい!」っていうものである。イエス(または神)はパンを自分の身体の一部だと言って教えたのだから、餅を使うのは間違っとるというのだ。
もうひとつは「彼らは教会に入っても立ったまま礼拝するのに、大地を母だと言う。では彼らは母を踏みつけて立っているのだ。神はそんな礼拝の仕方をしろなんて言ってない」というもの。
要するに、ギリシア正教は「より原始の教義」つまり「神に教えられたままの教え」を実践しようとしているようなのである。
いつの間にか「義と十字架と罪」が教義のテーマになっちゃってるカトリックを批判し、キリスト教は何よりも「愛と復活と救い」こそがテーマの愛の宗教なのである、ってことを言っているわけなのだ。
こういう差が生まれてきた一因には、西欧側ではキリスト教が「学問として」完成され、哲学と結びついちゃったことにあるのかもしれない。最初の教えなんてものは、時が経てば風化するし、ツジツマの合わないことも出てくるだろう。その辻褄をあわせようとして、体系を整えようとすることで、生まれたときの姿と食い違う。
カトリックの変化って、そういうものだったんじゃないだろうか。
もちろん、これは「どっちが正しい」とは別の問題だ。
現代社会を生きる人間としては、そりゃツジツマのあった体系の確立したものの方が「モットモらしく」見えるけど、多少ツジツマがあわないくらいなのが宗教だ、と言われればそんな気もしてしまう。
まあ、原始の形でもツジツマ合わせた学問の形でもいいけど、形式とか教義とかそいういう細かい装飾の部分にこだわりすぎると、イエスがあれだけ批判した「戒律主義」の皆様と、同じ穴のムジナになっちゃうんじゃないのかな。
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