高校時代、ワタシの一学年下に「殿下」とアダナをつけられた後輩女子がいた。なんで殿下なのかというと、あんまり詳しくは言えないが、某国の皇太子様によく似ていたからである。
 殿下は典型的な「文化部所属の変人」といったタイプで、同人誌などもこよなく愛し、意外にもロマンと正義に夢を見る女の子だったらしい。
 ワタシが卒業した翌年、その母校の文化祭に行ってみたところ、文芸部が部誌を出展していたので、一応文章を愛する私としては入手してみた。なんとそこには、殿下が熱筆をふるっていたのである。その題材は「十字軍」であった。
 彼女は、その文章中で、非常に怒っていた。そりゃもう青筋たてて怒っていたのである。何に怒っているのかというと、第4回十字軍と少年十字軍に対して怒っているのだ。曰く“商人や大人たちの汚い利益によって、子どもたちの純粋な宗教的情熱が踏みにじられた!汚い!”と。
 彼女に限らず、十字軍にストイックな「美」を感じちゃう人は多いようだ。でも、純粋な宗教的情熱で行われた第1回十字軍なんか、無抵抗のイスラム教徒に相当残虐の限りをつくしたらしいし、ちっとも「美しさ」なんかないんじゃないのかなぁ…と思うんだよね。
 そもそも第4回十字軍は、なんで同胞のハズのコンスタンティノープルを攻撃・占領しちゃったのだろうか。
 コトは教科書的に「ヴェネチア商人の利益に引きずられて」なんて単純なものではなかった。
 第4回十字軍を提唱したのはインノケンティウス3世だが、この絶頂教皇様は、提唱するだけでお金を出し惜しみしたらしく、十字軍はかなりの貧乏所帯だった。いくら宗教的情熱があろうとも、彼らも人間である以上飯も食わねばならないし、戦地まで船に乗らねばならない。飯にも船にも軍備にもお金がかかるのだ。
 そこで仕方なく出発地のヴェネチアの商人に、船代の交渉をした。すると彼らは、「ちょっとお手伝いをすると、お金を出してくれる人を知っているよ」と教えてくれたのだ。
 紹介されたのは、ヴェネチアに亡命してきていたビザンツ皇子だった。彼をビザンツに連れ帰って帝位につく支援をしてくれれば、十字軍にお金を出してやる、という話だった。
 貧乏十字軍には、選ぶ余地はない。仕方なく皇子をビザンツに連れていって、彼を帝位につけるように支援してやった。
 ところが。
 いざ帝位についたら、皇子は十字軍との約束なんぞ知らんぷりで反故にしちゃったのだ。これでは十字軍はお手伝い損。ただでさえ十字軍がビザンツの内部事情に関わったと不評なのに、このままではエジプトへ行く船代さえ出ない。
 怒った十字軍は、コンスタンティノープルを攻撃した。
 それにビックリしたインノケンティウス3世は、慌てて「俺のせいじゃないもんね」とばかりに、十字軍全体を“破門”してしまう。キリスト教を救うために頑張ったのに、破門。
 ヤケになった彼らは、強情張って1024年にラテン帝国建設。反逆十字軍になっちゃったのだった。
 さあ、悪いのは誰でしょう?
 これって、誰が悪いという問題じゃないと思うんだよね。強いて言うなら、宗教を楯にして誰かの命を奪うような、そんな十字軍の発想そのものが間違っているんだろう。
 その後、殿下はどうやら歴史学方面に進んだ様子である。それを聞いたとき、第4回十字軍程度を「汚い!」と嫌悪するような人間が、人間の汚点満載の歴史学を学んでも大丈夫だろうかと、いらん心配をしてしまったワタシであった。