教皇権失墜の原因
 …十字軍失敗による不信、荘園崩壊による財政破綻+ 国王権力増大による圧迫
1.国王権力との抗争
  フランス王フィリップ4世による教会課税
  ↓教皇ボニファティウス8世 聖職者への課税禁止勅書で反撃
  1302 フランス三部会召集,課税を可決
  1303 ボニファティウス8世を監禁(アナーニ事件)
     =教皇権威と国王権威の逆転
2.教会権威の失墜
  フランス王の教会干渉策継続
  1309〜教皇庁を南仏に移し、フランス出身教皇をたてる
  ↓ 1377 ローマ帰還と共にイタリア人教皇選出
  1378〜1417 教会大分裂=ローマと南仏に2人の教皇
        ※1409 更にピサに教皇が立ち3教皇鼎立
3.教会不信の拡大
   ウィクリフ(英) 教皇からの政治的・宗教的独立を主張
   フス(ベーメン) ウィクリフに同調・聖書中心主義を推進
  =宗教改革の先駆
  1414〜1418 コンスタンツ公会議
    ローマの教皇を正統とする決議=大分裂解消
    フスの火刑決定→フス戦争
      →フス派ベーメン住人による皇帝軍の撃破
       =三十年戦争の火種