世界史を学んでいると、時々「子供の喧嘩じゃあるまいし…」と言いたくなるような出来事にぶち当たったりする。
 もちろん当事者には色々と政治的な思惑もあるだろうし、歴史的な背景の中では確かにそれはドロドロしたオトナの戦争なんだけど、でも、背景からちょっと取り出すだけでもう「あ〜あ」という感じになるのだ。
 教皇権失墜の流れは、まさしく「あ〜あ」的事件の一つであろう。
 教科書には普通「あ〜あ」とは書いていない。その代わりに教科書がこっそり主張する言葉があるのをご存じだろうか?「民心は離反した」あるいは「民衆は不信を募らせた」という言葉である。
 きっと教科書著者も「アホウな連中」とか思いながら書いたんだろうなと思うと、ちょっと微笑ましいフレーズである。
 教科書に載っていること、そして授業で取り上げる内容は、殆どが『国の上層部』の出来事だ。そこには基本的に『民衆』は顔を出さない。民衆が出てくるのは、何かの事件を起こしたときだけだ。
 しかし、どの時代にも民衆はいたのである。彼らは一体、これら教科書的事件の中で、どう思っていたのだろう?
 当時は今のように『知る権利』を主張して不要な情報まで教えてくれるマスコミの方々はいらっしゃらなかったから、そんな事情はどこまで民衆に伝わったか判らない。しかし、とにかく国王様と教皇様が世俗の権利を奪い合って的はずれな争いをしていることは伝わっていただろう。
 国の主たるべき者や、ましてや神の国に導くべき聖職者が起こしているそんな事件を見て、民衆達は何にも思わなかった、わけがない。
 ウィクリフやフスは、教皇からの独立を主張して宗教改革の先駆となったとされている。もちろんそれは確かなんだけど、この説明ってなんだか一瞬『ウィクリフやフスだけが目を醒ましていた』と勘違いさせてしまう文脈じゃないだろうか?
 ベーメンの住人は、フスの言葉に同調してフス派となり、フスの火刑(=異端・魔女の処刑方法)に抗議して皇帝の軍隊を撃退するほどの怒りを燃やし、後にはヨーロッパに一大転機を促す三十年戦争の火種となっていく。それ程の事件を起こす人たちを、フスの言葉に同調してとか、フス派としてとか、そういう『フスがいて、初めて思考した人たち』というイメージで捉えて終わりにしていいのかなと思う。
 多分、当時の民衆はやっぱり「子供の喧嘩じゃあるまいし…」と思いながら、王様と教皇様の紛争を見ていたのじゃないかと思う。民衆はもともとそこにいて、多分不満を持ったりアホらしく感じたりしていたハズだ。 しかし、決して教科書にはそういう評価は出てこない。
 つまり、フスが存在してもしなくても「フスと同じように考えていた人々」は多数存在した。ただそれは、ワタシたちの酒場での与太話と同様『記録された歴史ではない』のだ。
 『歴史学』とは、文献によって確認できる人々の足どりである。記録されていない出来事は、考古学の分野であったり、民俗学の分野であったりして、『あったかもしれないこと』ではあるけれども、基本的には『ないこと』と分類されてしまうのである。
 ワタシたちは現在、エリートのハズの政治家達の醜態を見て、毎日「あ〜あ」と思ったりしている。これはきっと、歴史の教科書に出てこない人々の呟きと同じだと思う。そしてこういう呟きは、結局『なかったこと』と同じ扱いを受けるということだ。
 歴史に名前を残すのは大変なことだけど、名前が残らなくても自分が「歴史上に存在した」ことを示すためには、「あ〜あ」はきちんと聞こえるように言わなくちゃいけないんだろう。きっとそうすれば、未来の教科書に『民衆』のひとりとして登場できるんじゃないかなと思うのである。