▼701〜762:詩人

李白(Illustration:国守) 字は太白。杜甫と並ぶ中国最大の古典詩人。蜀(今の四川省あたり)の出身と言われるが定かではない。
 経済的に豊かな家庭に生まれたらしいが、血筋・家柄ともに定かではない。
 少年期より文才めでたく、結婚して落ち着くかと思いきや、各地を歴遊し知識人との交遊を深める。四〇才の頃には知識人仲間とともに山東の徂徠山(そらいさん)の麓の竹渓にこもり「竹渓の六逸」と呼ばれ、酒浸りの日々を送る。(うらやましい)
 その後、知人の推薦で出仕。玄宗皇帝の目に留まり翰林供奉(皇帝直属で文書の起草などをする役職)に任ぜられる。李白が官職に就いたのは一生のうちこの時期だけである。
 しかし、気ままな生活を送ってきた者と、礼儀や体面を気にする皇帝の側近達との間には計り知れない壁があった。(らしい)結局は宮廷社会からはじき出されて元の生活にもどっていく。
 杜甫と巡り会ったのはその頃であるといわれ、かなり仲もよかったみたいである。
 しかしふらふらしている間に宮廷では安禄山の叛乱が起きた。(楊貴妃が原因で起きたと言われる例のやつである。)玄宗は都落ちし、皇太子が即位して粛宗となった。
 その頃李白は…というと隠栖していたところを玄宗の子に見つかり、幕僚として迎えられることに。李白自身は安禄山討伐の軍に加わったつもりだったのだが、逆に賊軍として捕らえられてしまう。親しい人々の尽力でやっとのこと釈放されたり、やっぱり大逆罪だからってことで都から遠く離れた土地へ流されることになったり。
 ただの大酒のみかと思ったら結構大変な目にあっている彼なのであった。
 その六年後飲み過ぎがもとで病死したがあまりの酒好きであったため、酔っぱらって崖に咲く花をとろうとして転落死したとか、湖面に映る月をとろうとして溺死したとか、いろんな伝説がうまれた。
 死因はお酒であることには変わりないわけだね、う〜む。