中世の西欧は、漸次対外進出の時期だ、という捉え方がある。
 例えば十字軍は、宗教的な理由、政治的な理由が絡んだ軍事的行動であるのは確かなんだけど、この頃「新天地」を求める気運が高まっていたことから、そういう気運の現れの一つともとらえられるのだ。
 社会的にも封建制が安定し、農業革命が起こって農業生産力が飛躍的に向上、これによって西欧の人口はドカッと増えていたのだ。もともとが「森のヨーロッパ」だけに、住める場所は限られているし、人々はなんとな〜く心の中で「新しい土地もいいなあ」なんて思っていたりした。
 その証拠に十字軍の他にもこの時代、ドイツより東の方にじわじわと人々が植民していく『東方植民』や、オランダの干拓、そしてイベリア半島の『国土回復運動』等の動きがある。こりゃもう、新しい土地を求める人々の動きは確実といってもいいだろう。
 ってな感じで授業は進んでいくんだけど、考えてみれば「追い出される方」だって当然いるのである。
 イスラムがイベリア半島にに住み着いたのは7〜8世紀。国土回復運動が11世紀頃からの動きだとしても、そこに住んでいる人々は、もはや「それが元はキリスト教の土地」なんて感覚はないだろう。そういうヒトタチが急に「ここはオレたちの土地だ!」と言われて追い出されるのだ。
 追い出される方の気持ちや如何に…。
 現在でもいろいろな土地が「誰の土地か」でモメている地域は山ほどある。だけど、なんだか今いろんなところで問題になっている場所は、こういう世界史的な事件から,あんまり変わってないような気がしてしまう。
 もちろん「最初は○○の土地」という場所はある。でも、その後どういう経緯かは別として、違うヒトが住んで何世代も経過したならそこは「その人の土地」でもあるのだ。それを「とにかく返せ」というのは、三年前に落として諦めた一万円札をひょっこり友達の財布で見つけ、「その金はオレのモノだ」と取り返そうとするのに似ているような気がする。
 ワタシは当事者ではないから不謹慎なことを言っているのかもしれない。
 でも、「ここは元々オレのモノだから出ていけ」というよりも「ここはオレのモノでもあると思うから、一緒に考えないか?」とっていう歩み寄りの方が、言われた方も素直に考えられるんじゃないのかなあ。
 もしかしたら友達だって三年前に財布を落とした状況を語れば、焼肉くらいおごってくれるかもしれないじゃないか。
 そういうんじゃダメなのかな?