セルジューク朝最盛期のスルタン、マリク=シャー時代のイラン人名宰相であるニザーム・アルムルクは、スンナ派王朝を恨む過激シーア派であるニザール派によって暗殺された。
ニザール派、いわゆる「暗殺者教団(アサッシン)」である。
セルジューク朝によって、それまでブワイフ朝が築いてきた「シーア派有利」の状況を一気に逆転され、更に各地への学院の建設により「スンナ派体制」が成立した状況を見て、シーア派は怒った。
特にアッバース朝の建国に利用された挙げ句に迫害され、すっかりヒネて過激な行動に走っていたイスマーイール派などは、『ニザーミヤ学院』などと自分の名前を冠したスンナ派学院を建設して喜んでいるニザーム・アルムルクを心よりお恨み申し上げたのである。
恨まれた宰相の方も、イスマーイール派に惜しみなく弾圧の手をお下しになる。その弾圧の一環として、ハサン・サッバーフという人物に逮捕命令が出された。
ハサンはこれを避けて1090年、『鷲の巣』と呼ばれるほどの要害アラムートを奪取、一台要塞網を築き上げてしまった。そこで彼はセルジューク朝に反撃するための献身者(フィダーイー)と呼ばれる信徒を育て上げる。
成長したフィダーイーには、『秘儀』が授けられる。
秘儀、それは「『金曜日』『モスクなどの公共の場』で『ただ一本の短剣』を用いて『劇的に殺人を実行する』こと」。つまりそこは、たった一度の『秘儀』のために日夜肉体を鍛錬する「刺客養成要塞」だったのである。おお、まさに『暗殺者教団』!
その最初のイケニエがニザーム・アルムルクであり、その後、次々にスンナ派要人が暗殺されていく。おかげでセルジューク朝は左前。ある意味ニザール派の目的は果たされたともいえるかもしれない。
なんちゅーか、これだけで充分劇的なハナシなので、なんとな〜く『暗殺者教団』ちゅー言葉には空想をかき立てるアヤシサがあるのだが、よくよく考えてみれば『フィダーイー』じみた人たちって、最近更に増えてるんじゃないか…という気がしてくる。
要するに、彼らは「自分の信じるモノに、自らの身を捧げてまで思いを遂げる」人たちである。
信じるモノへの身の捧げ方には、二通りある。
一つは文字通り「自分の全てを捧げて信じるモノに尽くしていく」方法。これは信じるモノさえ間違っていなければ、大偉人にさえなれる人たちだ。
ところが逆に、「信じるモノに反する敵を排除する」方向に向いてしまっている、そういう人たちは『暗殺者』になってしまう。
紙一重なのだ。
自分の信じるモノのためには、他人を殺しても仕方がない…と思ってしまう。しかし他人から見れば、彼らがそれほどに大切にしている『信じるモノ』など、とるに足らないモノだったりするのだ。
数年前、子どもの「お受験」を巡る確執の結果の殺人事件が起きた時、誰もが「受験くらいで」と思ったんじゃないだろうか。でも、本人にとってはきっと「それが世界の全て」くらいの『信仰』だったに違いない。
殺人のニュースの中で「そんなことで…」と思うような動機を聞くたびに、この事件を思い出す。自分が「全世界」だと思っているほど大切な信仰対象が「ゆがんでいる」ことに、ヒトはなかなか気づくことができない。そして気づかなかった挙句、気づいたらその人が『ハサン』であるばかりか『フィダーイー』になってしまうのだ。
そう思うと、潜在的にフィダーイーをはぐくんでしまっている現代社会は、実は潜在的な暗殺者教団なのかもしれないなぁと思うのであった。