インド亜大陸は閉鎖的な半島である。3方を海に囲まれ、唯一大陸とつながっている北側にはヒマラヤ山脈とヒンドゥークシュ山脈、そして大河が横たわって行く手を阻む。インドと中央アジア・西アジアをつなぐ唯一の道、それがカイバル峠だ。
当然こんな状態なので、外敵が侵入してくることもほとんどなく、外敵がいないので結束もなく、いろんな意味でのんびりのんびりした土地であっただろう、と、勝手に想像している。
インドの歴史の不思議なところは、インダス文明においては焼レンガ住宅や下水道完備といった高度な計画都市を保有する高度な文明を持ちながら、なぜか一旦文明が衰退してしまっていることである。
インダス文明を築いたのはドラヴィダ系先住民であるが、実際にインドの歴史を動かしていくのは、中央アジアからカイバル峠を越えてやってきた、インド=ヨーロッパ語族のアーリヤ人なのであった。彼らはドラヴィダ先住民と混血しながら徐々にインドの奥へと進出していくのであるが、その時、現代インドにも影を落とす「あるもの」が一緒に産み落とされる。
『カースト制』である。
カーストは、もともとは先住ドラヴィダ人の肌が黒かったことから、征服過程で人間を「色(ヴァルナ)」で差別したことが始まりである。それが更に職業や出身地、言語などの「区別しやすいもの」も取りこんで、宗教的・職業的身分階級へと進行していったようだ。
この身分階級、困ったことに成立段階で「職業と身分」を結びつけてしまっているため、生まれながらにしてヒトビトは職業が固定されてしまうという大きな弊害がある。しかも宗教や出身地、そういう「ものすごく土着で卑近なことがら」が深〜く関わっているため、外から「そろそろやめなよォ。いいことないよォ」と忠告しても、なかなか断ち切れないという状況なのだ。
次にカイバル峠を越えてやってきたのは、アレクサンドロス大王であった。
彼は早々に引き上げるものの、外敵の脅威を始めて肌で感じたインドには、この直後にマウリヤ朝という初の統一王朝が誕生している。
そして、次に峠を越えてきた大きな勢力は、高校世界史上ではあんまり注目を浴びることはなく、さっと流されてしまう。ガズナ朝5代目スルタン、マフムードである。
ガズナ朝はあくまでも戦利品が目的の侵入で、インドを征服する気はなかったようだけど、インドにとっては「初のイスラム政権」として、大きな意味を持っていた。
この峠を越えてやってきたその宗教は、既存の枠組みを上手〜く利用し、イスラム文化とヒンドゥ文化の融合を果たしてしまうのである。
そういう柔軟性を持っているのはたいてい「正統派」ではなく、ここでも主に布教活動を行ったのは神秘主義教団(スーフィー)であった。正統であることだけにこだわらない彼らは、実に柔軟に既存の枠を利用して布教を図り、イスラムへの改宗者も少しずつ増加する。
そして、最後に峠を越えてくる大きな波は、ムガル帝国という大勢力であった。
ムガル帝国は、ヒンドゥとイスラムの融和政策を実施、王自らがヒンドゥの王女を妻にするなど、和解を図ってインド統一に成功する。
カイバル峠を越えてやってくるものは、閉鎖的だった半島をその度に新しくしているような気がする。1
しかも、良くも悪くも「既存のものはそのままで、新しいものがふんわりかぶさってくる」というカンジの伝わり方だ。
現代はすでに「閉鎖的な半島」ではないけれど、そろそろ「既存のカイバル峠を上手く取り込んで高次元化したニューカイバル峠」が誕生して、インド世界をガラリと変えるような何かがやってくるんじゃないだろうか…そんな日がやってくるのかこないのか…。

  1. 誰かがやってくるわけじゃないので抜かしてしまったけど、ギリシャ文化もやっぱりカイバル峠を越えてやってきて、ガンダーラ美術という文化を花開かせているしね。 []