▼ 968〜1008:65代天皇

花山天皇(Illustration:国守) 984年〜986年のたった2年間の天皇。寵愛していた弘徽殿の女御(祗子)が、妊娠8ヶ月で死んでからというもの、天皇は沈みきって、度々僧侶を召して説法などを聞いている。藤原兼家一家の陰謀にひっかかってしまったのはそんなときである。
 寛和2(986)年6月23日深夜、兼家の次男坊道兼※1が言葉巧みに花山天皇を連れ出し、元慶寺へ。その頃、長男の道隆と三男坊の道綱は、清涼殿に置かれていた神璽・宝剣を皇太子・懐仁親王(兼家の孫)の部屋へ。心変わりしそうな花山天皇を涙ながらに説き伏せた役者の道兼が、丸坊主になった花山天皇を残して帰ってくる頃には、末っ子の道長が関白藤原頼忠(兼家のイコト)に天皇行方不明の報告を。そこで懐仁親王(当時7才)が即位して一条天皇となり、兼家は外祖父となった。
 こうして、藤原一家の壮大な作戦は幕を閉じたのである。


※1 兄の道隆と摂政を争って破れ、兄の死後ようやく関白になれたが、なった7日後に死んでしまったという、彼もなかなかむなしい人である。