ワタシが講師をやっていたのは、カレコレ10年以上前の話であるが、その頃にもすでにある番組が大人気であった。『開運!なんでも鑑定団』という例のアレでだ。
 誰しもがあの番組を見た後、一度は家の中を物色したり、普段開けない部屋に何気なく入ってみたりしたはずだ。ちなみに「何気なく」入るのは、欲をかいて目をギラギラさせて探して見つけたというよりも、「自分の近くにこ〜んなお宝があったんだよ。気付かないでフンドシ干してたけどさ」とか言ってペシッと頭を叩いたりする方がカッコよさそうだからである。どっちにしても見つからないんだからいっしょなんだけど。
 それはともかく、そういう状況のもと、ワタクシは元の授業をしたのである。
 ワタシは、自分の高校時代の先生の影響で、「売れるノート」を板書することで有名であった。少なくとも2,3人はそんな感じのことを言っていた。
 元の授業をする頃には生徒もすっかり慣れており、ワタシがカッチョよく書く字はノートに書いた方がオトクで、すみっちょにテキトーに書いたヘンな字のヤツや殴り書きの地図なんかはノートに書く必要はない、という暗黙の了解に基づく秩序正しい授業が展開されていたのである。
 ワタクシ、元代の貨幣経済の発達について語っておりました。
 金王朝末期から銅銭が不足した上、交易路の活性化によって雑多な通貨が氾濫した元代には、交鈔という紙幣が発行され、これが主要通貨とされたのだ。
 元代にも一応コインは発行されたんだけど、このせいで、コインはすんごく数が少なくて、滅多にお目にかかれないのである。だからこれを見つけたらお宝になるんだよね〜、なんて、どっかの本で仕入れた情報を語りつつ、黒板の隅っちょに殴り書きでコイン名を書いたのだ。
「大元通宝」
と。
 そのとき。
 カサカサカサカサカサ。
 生徒が一斉にノートに書き取る音がした。
 普段ならば絶対に書き写さない、黒板隅っちょの落書きである。それを一斉にノートに書き写す生徒たち。
 確かに、元がモンゴル人第一主義をとったことよりも、自分が明日お宝を手にするかもしれない可能性の方が彼らにとっては大事である。そうだ、確かにノートに書いておかなくてはならないかもしれない。
 だが、あの時の生徒たちに告白します。
 「大元通宝」は、コインの表に「パスパ文字」で『大元通宝』と書かれているので、もしアナタが「大元通宝」と漢字で書いてあるコインを見つけて喜び勇んだとしたら、それは多分ニセモノです。
 気をつけてください。