明の太祖洪武帝=朱元璋は、猜疑心の強い性格で、とにかく徹底的に君主独裁体制の確立に努める。そりゃもう、その進め方といったら「謀反を計画してた」というでっち上げで1万5000人を連座処刑して、しかもそれを2回もやって、挙句の果てにそれを理由にその部署そのものを廃止に追い込んだりしてます。えれえキタネーやり方ですが、「聖賢・豪傑・盗賊の性質を兼ね備えていた」といわれる洪武帝には朝飯前と思われます。
そんな洪武帝は、聖賢の性質を持っているが故に、スゲく頭がいいです。いろんな新しい制度を次々確立して、君主独裁体制をホントに作り上げてしまう。
んでもって、次のターゲットが「民衆」である。
とにかく、自分が極貧の貧農出身で、民衆の何がキケンで何がダメかがよくわかっている。そんな彼が「民衆をもっと支配しやすくするために」選んだ道が『六諭の発布』であった。
六諭(りくゆ)とは、そうの時代に成立した「朱子学」にもとづく秩序維持のための6か条の道徳である。
曰く

  • 孝順父母(とーちゃんかーちゃんに孝行しなさい)
  • 尊敬長上(目上の人を尊敬しなさい)
  • 和睦郷里(村や里の人たちは皆仲良くね)
  • 教訓子孫(子どもや後進をちゃんと教え導きなさい)
  • 各安生理(各々の生業に納得して励みなさい)
  • 母作非為(悪いことはしちゃダメー)

という、どってことない内容なのである。
しかし、里老人という人望のある年長者が月に6回やってきて、これを唱えつつ里内を巡回し始めると話は別である。明の官学である朱子学に基づいた6か条であり、これが刷り込まれることによって、民衆は「支配しやすいヒツジ(だと遊牧民なので、むしろウシですか)」になってしまうのである。
もともと、儒教そのものがココロガケの教えなのであり、いかに国を治めるかという政治学問であるといえるわけだ。その中で「お互い和をもって国を為すためにこういう風にしましょうね」という教えを6つに凝縮したのが「六諭」であって、それを刷り込むということは、その道徳に則ってさえいれば民衆は乱れないっちゅーことであるのだ。
そんなことを考えながらこの6か条を見ると、なんだかこれがマガマガシク見えてくるから不思議だ。
そうなると、「誰かから教え込まれたもの」に対しては、ただただ受け入れるだけじゃなくて、自分の中で自分なりに咀嚼して「じゃあ、それを元にして自分はどーすればいいのか?」ということをきちんと自分に問わないと、単なる支配の道具にされてしまうんだろうな、と思う朱元璋マジックである。