【衰退】
 永楽帝の死後、永楽帝の政策が裏目に出る
  →第3回宦官の横暴大会、官僚の政権争い→各地で反乱
 「北虜南倭」
  北虜=モンゴル族の侵入→極まって[土木の変]に
  南倭=倭寇
     ・14〜16Cの海禁政策により、日本人と手を結んで海賊と称する密貿易を行う
     ・明の富豪たちが倭寇を支持しているので、討伐に失敗
     ・16C(後期倭寇)は「倭」の名を借りた中国人中心
     →解禁中止、南海貿易公認で終息
【がんばる期】
 北虜南倭を乗り越えた明の建て直しのチャンス
 張居正の財政改革
  →1582年張居正死後、万暦帝が成果を台無しにする
 「内憂外患」
  内憂…東林派と非東林派の党争
  外患…万暦三大征
      ボハイの乱、楊応竜の乱、1592,97秀吉朝鮮侵入に対する援軍派遣
     女真族の独立、後金を建国して圧迫
   ↓
【明の滅亡】
  財政窮乏、重税策
   ↓
 1631〜45 李自成の乱
 1644 北京占領=明の滅亡