中国といえば漢民族、漢民族といえば中国。
ワタシたちの頭の中では分かちがたく結びついておりますが、実際には“漢民族による統一王朝”というのはあまり多くはアリマセン。
国の運営システムそのものが「漢民族によるもの」とハッキリしているのは、漢、西晋、(北)宋、明くらいかな(新も入るのかも)?中国3000年の歴史の中で、意外にも少ないではアリマセンか。
始皇帝が漢民族か否かは議論されるところだけど、国家のシステムは異民族が牛耳っていたっぽいですし、隋や唐も事実上は鮮卑族が握っていたようです。
夏・商・周といった「亀甲文字が漢字に発展した時期の王朝」も東夷や西戎がメイン民族国家のようなので「漢字というよりむしろ胡字なのでは」とからかう筋もあるそうな。
もちろん、異民族の王朝だからといって漢民族が中国一帯からいきなり消えてしまうわけではなく、虐げられたり、別に気にされなかったりしながらそのままそこに住んでいたわけなので、あくまでも学問上のことなんですけどね。
現在の「中華人民共和国」も、漢民族は多数を占めているけど、憲法では55を超えるすべての民族を「中華民族」と規定1していたりするわけです。
中国の歴史を勉強し始めるにあたって、最初に先生が叩き込もうとするのは「中国の歴史とは一民族の安定した国家ではなく、定住の漢民族と、周辺の異民族との領土争奪の歴史である」という点じゃないだろうか。それを叩き込んでおかねば、王朝が変わるたびに何故制度が変わるのか、ということが理解できないと思われるからだ。
支配する民族が代わるから「利益を与えたい」と思う矛先が変わり、制度もそれに合わせて代わるのだということ、その辺が中国の歴史を学ぶ上での大きな基礎になるんじゃないだろうか。
そんでもって、中国最後の王朝『清』は、満州民族(ツングース系女真族)の支配する国家であります。
清は「民族によって制度が変わること」を生徒に教えるのにうってつけの王朝なんですよね。
なぜなら彼らには「辮髪」というとってもわかりやすい「民族の風習」があって、それを統治下のすべての民族に押し付けたからなのであります。
とにかく、見た目にチョーインパクトのある辮髪は、黒板にラーメンマンの絵2でも書いて説明してやれば、イッパツで生徒の心をワシヅカミ!額にはもちろん「中」と書くのですが、最初にわざと「肉」と書いて、間違えたフリをして直すのも効果的。
なぜなら、「辮髪=中(国)」は『清時代にのみ』通じる常識だったからです。
現在ではもう中国人を辮髪だと思うヒトはいないと思いますが(いや、日本人がチョンマゲ結ってると思ってるワールドワイドなヒトあたりはまだ中国人は辮髪だと思ってるかも)、ではなぜ「辮髪=中国人」だった時代があったのか?
それはね…。
と話し始めるのが、ラーメンマンの書かれた黒板を背負いながらワタシが清の授業を始める時の常套手段だったなぁ…ということを、懐かしく思い出しつつ。

  1. 中国の少数民族について []
  2. ラーメンマンって、今の生徒には通じるのかな?いちおうキン肉マンII世にも登場はしているようだが…。 []