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セルジューク朝

▼1038〜1194

セルジューク朝(Illustration:マスダ) アラブ民族から始まったイスラム教は、11世紀になると遊牧系トルコ人に受け入れられ、この機動的トルコ人によってイスラム世界は爆発的にトルコ化していく。そんな動きの中「トルコ」の名を冠すべき帝国が誕生する。それが、セルジューク=トルコと呼ばれているスンナ派イスラムのトルコ人王朝である。
 なんてちょっと参考書風に始めてみたんだけど、この時期のトルコ人はホントに凄まじい勢いと機動力で「敵ナシ!」ってカンジだ。セルジューク朝は1055年にはシーア派王朝ブワイフ朝を倒してバグダードに入場、イスラムの指導者(といっても半分名目化していたけど)カリフから、正式に「イスラム世界の政治的実権」を与えられる。この「政治的実権を握るヒト」が、『スルタン』と呼ばれるイスラム王朝のいわば王様なんである。
 ところで、高校世界史では王朝が出てくると、必ず「都」がどこそこだということまで覚えなくてはいけないことになっている。ところが、セルジューク朝にはそういうことってなかったはずだ。これは何故かというと、もともと遊牧民であるトルコ人には「首都」という概念がない。『玉座』という指導者が座る椅子と、それを置いとくテント=『天幕』があって、それを置いた場所が首都。だから、スルタンと一緒に首都はガンガン動いて行っちゃうのである。こりゃ凄い。日本も首都機能移転なんてシケたこと言ってないで、総理大臣とかと一緒に首都機能を持ってっちゃったらどうだろう。さすがにノーパンしゃぶしゃぶ屋とか愛人のマンションが首都だっつーのはどうかと思うが。
 ともかく、この「首都が動く」というのがセルジューク朝の強さでもあり、同時に発展頭打ちの原因でもあった。だから、同じトルコ人王朝でも『オスマン朝』が『帝国』になれたのは、「コンスタンティノープル」という世界最大に近い大都市を占領して首都としたからである、といっても過言ではないのである。

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