▼1053〜1129:72代天皇

白河天皇(Illustration:国守) 後三条天皇の第一皇子として1072〜86まで天皇在位、しかし譲位後も『上皇』として院政を開始、院政は堀河・鳥羽・崇徳の3天皇43年間に及ぶが、そのだらしない政治態度は古代末期の崩れかけた政治と混乱した世に、何の利益も与えなかった。
 『神皇正統記※1』では、白河の院政に対し「世も末じゃ」と批判的立場をとっており、他の書物でも白河院政に対しては批判的なものが多いような気がする。白河の天下三不如意「鴨川の水、双六のサイ、山法師、これぞ朕の如意ならざるもの」のうちの山法師とは比叡山延暦寺の僧兵のことで、元々は白河が仏教にリキを入れすぎたためにボーサンがつけあがるようになってしまっただけのことだ。「不如意」なんて白河じーさんがいばって言うほど理屈の通らないものではなかったのである。
 ついでに言っておくと、白河じーさんは男も女も大好きだった。孫(鳥羽天皇)の嫁さんにも手を出してしまったために鳥羽天皇の長男(後の崇徳天皇)がどっちの子かわかんなくなっちゃった事件は、余りにも有名である。


※1 14世紀後半、北畠親房が後村上天皇の君徳を養うため、神代からの歴史を書いて献上したもの。