▼1108没:源義家の次男

源義親(Illustration:国守) 対馬在任中に人民を殺害、公物を横領した為、1101年、堀河天皇が追討使を送ったがそれも役に立たず、翌年捕らえられるまで、パパのゆーこたぁ聞かねぇわ、官吏は殺すわ、やりたい放題やっていた。
 隠岐に流されても、乱暴者義親は全然懲りてなかった。なんと、1107年には隠岐のならず者をひきつれて出雲に渡り、再び官私の財を奪い、目代(地方のお偉いさん)までも襲って殺してしまったのだ。
 平正盛に討たれ、さらし首を出されちったのが1108年。その後も「自称義親」が出たり、本人が生きているなどの噂がたったりした。
 これを「マイ・ウェイ(我が道を行く)義親」と呼ばずしてなんとしようぞ。