▼1160〜1216:教皇

インノケンティウス3世(Illustration:マスダ) 高校の世界史をやってて困っちゃうのが「教皇権と王権の盛衰」というヤツだ。なにしろ教皇という存在が日本人に馴染みが薄い上、「破門」の恐ろしさ※1が日本人には実感できない。
 そんな「破門」を武器に、教皇権絶頂期を堪能したのがこのインノケンティウス3世(1198〜1216在位)。彼はちょっとでも気に入らない王様は次々破門するというワガママぶりで有名で、一番の被害者がイギリスのジョン君。ドイツ、フランス王も被害にあったと言うから、当時の有名所総ナメである。
 しかも悪名高い『第4回十字軍』は、彼の提唱で行われたのだけど、それがコンスタンティノープルを占領※2しちゃったりして困ったことになった後も、知らぬ顔の半兵衛で在位し続けた。ちなみに少年十字軍の悲劇も、時期的にはこの人の在位中である。
 とにかくそれだけ好き放題やっていた彼にとっては、たったの百年も立たないウチに伝家の宝刀「破門」が効かなくなるなんて、考えも及ばなかったことだろう。幸せなヤツだ。


※1 当時のヨーロッパで破門されるということは、要するに「人間としていきる権利を剥奪される」ということだ。それなりの地位のある人なら、即日破門を解いて貰わなくては、地位も名誉も家族も小さな幸せも何もかも失ってしまうのである。
※2 自分で提唱していながらあまりお金を出さなかったらしく、聖地へ行く旅費にも事欠いた十字軍は、商人と取引してお金を出して貰う変わりにコンスタンチノープルを攻め落としてしまった。