▼1294〜1303在位:教皇

ボニファティウス8世(Illustration:マスダ) 教皇権もそろそろ衰退期にさしかかった頃に教皇になったボニちゃんは、教皇権威の回復をはかるが失敗し、この人で教皇の世界支配が終わりを見るという悲しいヒトである。
 そもそもの発端は、官僚オタク※1で中央集権化にすさまじく執着しているフランス王フィリップ4世が、教会に税金をかけようとしたことだった。ボニちゃんは怒って『教皇勅書』を発表、聖職者への課税を全面的に禁止すると宣言した。ところが相手さるもの、フィリップはフランス国民全員に「ねえ、皆も課税した方がいいと思うでしょ?」と問いかけ(1302年:三部会召集)、教会課税を合法的に可決してしまった。そしてついに1303年、アナーニにいたボニちゃんを急襲して捕らえてしまう(=アナーニ事件)のだった。
 ボニちゃんは割とすぐに解放されたんだけど、天下の教皇が捕らえられて監禁され、フランス王ごときに嫌味まで言われたというあまりの屈辱に、解放直後に亡くなっている。教科書ではボニちゃんの死を「憤死」と表現しており、一部の間では「ぶっちんボニファティウス」という名で親しまれている。少なくともワタシは親しんでいる。
 このあと教皇庁はアヴィニョンに移され(教皇のバビロン捕囚)、やがて教皇が2人3人いるという大分裂(シスマ)となり、コンスタンツ公会議で再統一されるという一連の流れは試験に出やすいので、学生さんは憶えておくと良い。


※1 有能な官僚を集めるのが大好きだったらしい。ちなみに三部会で熱弁を振るって教会課税を可決させたのはピエール・フロート、アナーニ事件の実行者はギョーム・ド・ノガレというどちらもフィリップお気に入りの腹心官僚であった。