▼1449年:明

土木の変(Illustration:マスダ) 明朝中期、国力の低下してきた明朝を圧迫していたモンゴル系オイラート部のエセン=ハンに明朝皇帝英宗正統帝が捕らえられた事件。明朝は永楽帝時の最盛期以降徐々に力が弱まり、中期以降は北からの北方遊牧民族の圧迫と南の日本人海賊・倭寇の侵入によりに苦しめられた(=北虜南倭)。その国力低下の象徴的な事件が、土木の変である。
 永楽帝を尊敬する正統帝は、一部家臣の「ここは一発、北方オイラート部を蹴散らして永楽帝のような戦功を成しましょう」という囁きに負け、他の家臣が反対するのを振り切って前進基地である河北省北部の土木堡に軍を進めた。ところが実際オイラート部軍隊を見て、あまりの恐ろしさに逃げ出してしまった。あわてて逃げたんだけど間に合わなくて、結局捕まってしまうのである。
 皇帝が敵前逃亡の末みっともなく捕虜になってしまったという、長い中国史上でも際だってみっともない事件として大変有名なのであった。