▼1453:ビザンツ帝国滅亡

コンスタンティノープル陥落(Illustration:マスダ) 高校時代に世界史で習った中で、ワクワクしたことベストテンを作るとしたら、マイ・ベストワンは間違いなく『コンスタンティノープル陥落』である。
 ローマの遺児・東ローマ帝国は、コンスタンティノープルという一都市のみの小さな国家になりつつも、その権威をなんとか保ち続けていた。そんな東ローマ帝国(=ビザンツ帝国)に、イスラムの侵攻の手は着々と届きつつあった。脅威の軍隊、オスマン=トルコである。オスマン側にとっても、コンスタンティノープル攻略は悲願であり、誰もが「今度来たら終わり」という予感を感じる中、ついに1453年、オスマン軍はやってきた。
 ほとんど一都市でしかないビザンツ帝国には、当然大した軍隊もなかったが、最大の武器は「領土の狭さ」であった。守るべき場所が多くないと言うことは、少ない軍隊でも抵抗の手段があるということだ。そしてビザンツ帝国は、少ない兵を有効に使うための最終手段として、金角湾の入り口にぶっといクサリを張って、なんと文字通り入り口を「封鎖」してしまったのだ。
 しかし敵もさるモノ、金角湾の奪取がこの戦いの行方を左右すると睨んだオスマン軍は、なんとボスフォラス海峡から船を「陸上輸送」して、金角湾に見事オスマンの船を浮かべてしまったのだ。
 この『金角湾消失』からビザンツ側はガラガラと崩れはじめ、結果、ヨーロッパは「ローマ帝国」とコンスタンティノープルを失い、オスマン帝国はイスタンブールという首都とヨーロッパへの足場を得た、そういう事件であった。
 そんなマイ・ベストワンの歴史事件の当事者(?)である「クサリ」が、現在でもイスタンブールの軍事博物館で見ることができるのだ。とぐろを巻いてる歴史的な鎖、アナタも見に行こう!