▼1483〜1530:ムガル帝国初代皇帝

バーブル(Illustration:マスダ) 正式名ザヒールッディーン・ムハンマド・バーブル。ティムールの直系5代目の王子様で、1494年父の急死によって11歳でティムール朝フェルガナ領の君主となるが、ウズベク族に攻められて1507年ティムール朝滅亡。彼は何とかティムール帝国を再興しようと奮戦するが、他に援軍もなく、ウズベク族は元気でどうしてもかなわなかった。仕方がないので1512年以降はインド方面に攻め込み、1526年、パーニパットの戦いで北インドにあったロディ朝を破り、デリーを都としてムガル帝国を建国(1526〜30在位)するのである。
 そんな彼だけに、中央アジアに帰りたいという気持ちはかなり強かったようである。チャンスさえあればいつでも中央アジアに戻ってティムール朝を再興したいという気持ちだったらしく、インドの気候風土やインド人の習俗を毛嫌いしていたようだ。インド人の方もそんな皇帝じゃイヤだったのかもしれない。『ムガル(=モンゴル)』という名称は、インド人が「あの皇帝の軍隊はモンゴル人が多いから」という理由でつけたそうである。
 彼は武人であるだけではなく、かなり繊細な散文や詩を書く文人でもあった。彼の自伝『バーブル・ナーマ』にはきっと、インドの悪口がいっぱい書いてあるんだろうなあ、と思うとなんだか可愛いヤツである。