▼1483〜1546:独の宗教改革者

ルター(Illustration:マスダ) 1517年、免罪符販売に対して抗議の意を表する『95箇条の論題』を教会の門に張り出して、宗教改革のヒキガネをひいた彼。肖像画もいかにも頑固オヤジ風なので、なんとなく『信念の人』という印象を持っている人が多いんじゃないだろうか。勿論、ルターの業績が偉大なことには違いないんだけど、はっきりいって「人格者」かどうかは疑わしいところだ。
 まず、彼はとっても短気で損気な男である。
 もともと『95箇条』は、それを読んだ発売者と教会が反省してくれればいい、という程度で書いたモノだった。それがあれよあれよのうちに広がって、ライプチヒで教皇派の人間と論争することになってしまったのが運の尽き。相手になったエックが中途半端に弁が立つモンだから、ルターは段々カッカしてきて売り言葉に買い言葉で「教皇だって間違いはするわい!」と教皇権威を否定してしまったのである。そのせいで1521年に今度は帝国議会に呼び出され、やっぱりそこでも意地を張って「オレの言い分は間違いない」と言い続けたので、怒った皇帝カール5世はルターに対する法律の保護を停止。つまり、ルターを殺しても誰も罪に問われなくなったわけだ。
 そんな絶体絶命のルターをかくまってくれたのが、ザクセン公フリードリヒ。人格者といえばザクセン公の方であろう。彼は自身がカトリックであるにも関わらず、正義感からルターを助けたのである。ところがこの宗教改革者は、かくまわれ先でもいろいろ短気を起こしたらしく、ザクセン公はさんざん苦労したようである。
 更にルターは、ドイツ農民戦争に初めは同情的協力的だったのに、農民の要求がドイツ諸侯と対立することに気づいた途端、コロリと領主側に行ってしまった。おかげで、農民達からは『うそつき博士』なんて、可愛いんだか情けないんだかよく判らないアダナをつけられて、嫌われちゃったようである。


※自分は諸侯に世話になっている身だし、社会の変革は望まない(今の社会はこれでいい)という考えだったらしい。どちらにしても、あまりにも無計画・無自覚であろう。