▼1491〜1547:英王

ヘンリ8世(Illustration:マスダ) イギリスの数あるワガママ王の中で、最も「なんだかなあ」度が高いのはこの人ではないだろうか(1509〜47在位)。
 ヘンリ8世は、イギリスの宗教改革(というか旧教離脱)の出発点となる『首長令(首長法/国王至上法)』を1534年に発布したことは有名な話だ。そして、首長令を出した理由が、根の暗い政略結婚の奥さんカザリンと離婚して恋人アン・ブーリンと再婚したいのに教皇に反対されたので(旧教では離婚は認められていない)、自分の言い分が通るような教会(=イギリス国教会)を作ろうとして、というのもこれまた有名な話だ。
 教科書もここまでは書いてくれるのだが、続きを知らないヒトは意外と多い。
 そうまでして離婚を敢行してアン・ブーリンと再婚したヘンリであるが、たったの3年でアンとも塔送りにして挙げ句の果てに処刑してしまうのである。その理由が「男の子を生んで欲しいと頼んだのにあの女が女の子を生んだ」からであった。とほほ。
 その後もヘンリはワガママを貫き、結局6回結婚しちゃったのである。なんだかなあ。
 ちなみに、アン・ブーリンを処刑させるキッカケとなった「女の子」こそ、イギリス絶対主義王政の最盛期にして偉大なる女王エリザベス1世だ、というのもなんだか皮肉な話で笑えちゃうのである※1。彼女が「処女王」を貫いたのは、ひょっとしたらこのなんだかなオヤジのせいではないかと思うと、今度はちょっと2時間ドラマ風で、これはこれで結構悲しい話であるが。


※1 さらにちなみに、最初の奥さんカザリンとの間に産まれた女の子も可哀想なことに性格がひねてしまって、メアリ1世として即位し、新教弾圧をしてしまう。いわゆる『Bloddy Mary』である。