▼1553〜1610:仏王

<アンリ4世(Illustration:マスダ) 宗教改革に端を発したフランスのドロドロ内乱「ユグノー戦争(1562〜98)」を、ナントの勅令でもって収束させた高名な国王(1589〜1610在位)。
 といってももともとは、アンリ・ド・ナヴァールという名のガスコーニュの田舎者でしかなかった。ところが王権伸張を目指す王母カトリーヌ・ド・メディシスが、新教徒虐殺のために政略結婚を計画、彼はその花婿として王家の姫と結婚することになってしまった。その婚礼にあたって、カトリーヌは「新旧両派を和解させる結婚だからみんな広場に集まれ〜」と呼びかけたのだが、集まってきたのは新教徒(ユグノー)ばかり。それもそのはず、祝宴の開始を合図する鐘の音と共に集まったユグノーたちは大虐殺されてしまったのである(1572年、サン=バルテルミの虐殺)。
 アンリもとっつかまって囚人生活を強いられたが、世の中不思議なモノで1584年、なんと王家が断絶。結果、89年にアンリ・ド・ナヴァールが国王となり、ブルボン朝が始まってしまったのである。
 しかし彼には一つ、大きな問題があった。ガスコーニュの野山でワガママいっぱい元気に育てられた彼は、頭は良かったかもしれないが、普通誰でもできることがひとつ、全然できなかったのである。それは何か?
 …排泄処理、です。つまり「もよおしたらトイレに行く」ということが一切できず、しかも昔だからパンツもはいてない。するとどうなるか?
 答:宮中垂れ流し。
 彼のあだ名が「女たらし」だという噂をどこかで聞いたが、ちょっとたらすモノが違うんじゃないか、と思ってしまった私である。