▼1585〜1642:仏宰相

リシュリュー(Illustration:マスダ) フランス絶対主義確立のためになくてはならない名宰相。ルイ13世の宰相(1624〜42在任)を務め、王権強化のためにすさまじく猛烈に働き『恐るべき枢機卿』と呼ばれたが、実は虚弱体質の上泣き虫。虚弱体質をおして超人的に働くので、ときどき力つきて倒れてしまうのもご愛敬。
 王権強化のためにはどんなこともやる、フランスの伝統三部会も中止しちゃう。さらには、戦争にだって介入しちゃう。
 フランスブルボン朝の仇敵と言えば当然神聖ローマ帝国=ハプスグルク家であるが、王家と自分を重ねた挙げ句、リシュリューは猛烈な「ハプスブルク嫌い」になってしまった。そんな宰相の時代に神聖ローマ帝国で『三十年戦争(1618〜48)』なんて始めたからさあ大変。フランスは旧教国にも関わらずリシュリューは「打倒ハプスブルク」を唱えて新教徒側で参戦、さんざん神聖ローマ帝国を苦しめる。
 彼はこの戦争の結末を見ることなく42年に死んでしまうのだが、病状が悪化してからも特製の担架で三十年戦争の戦場最前線まで赴いてハプスブルクの苦しむ様を見る執念。この妄執が通じたか、最終的にフランスは「神聖ローマ帝国の死亡証明書(1648)」と言われるウェストファリア条約で勝利をおさめる。
 残されている肖像画を見ると、明治時代の「頑固爺」なんかを思い出して、なんとなく微笑ましくなる私である。