▼1729〜96:ロシア皇帝

エカチェリーナ2世(Illustration:マスダ) まあ、何かと有名なロシアの啓蒙絶対君主(1762〜96在位)であります。良くも悪くも「後進的」だったロシアを「列強」の仲間入りさせた功労者の一人であると考えていいだろう(自信がないので遠回しな言い方になっている)。
 女帝ということでいろいろとインビな噂はあるけれど、頭が良かったのは確からしい。フランスのヴォルテールとも親交を結んでいたりして、賢明な近代化を推進していた。
 ところが、1773年のある事件がエカチェリーナを変える。『プガチョフの乱』である。
 ドン=コサック出身のプガチョフが、農奴制廃止を求めて挙兵するのだが、その時プガチョフは「我は(エカチェリーナに殺されたと言われている)ピョートル3世なり!」と名乗りを上げたのである。ピョートルはアホウなだけに、国のことは何も考えずにやたら農奴に「イイ顔」をしたので、下層民には人気があったのだ。
 しかし、エカチェリーナにしてみれば「ロシアのためを思って、わざわざロシア風の田舎臭い『エカチェリーナ』なんて名前に改名して、ロシアの近代化のために一生懸命頑張って、領土拡大にもこんなにワタシは頑張っているのに、あのバカ(ピョートル)を担ぎ出すとは!」という気分になって当然であろう。この事件ですっかり農奴が嫌いになってしまったエカチェリーナは、乱の鎮圧後、農奴に関しては反動化、農奴制強化に走ってしまうのである。
 おバカな旦那を持つと、結局奥さんは最後まで苦労するという教訓を身を以て教えてくれる人であろう。