▼1792:仏で採用?

ギロチン(Illustration:マスダ) 現在では、アタマと横に並んだ野菜だけが寸断されて拍手喝采…という手品の場面でしか見られない断頭台:ギロチン。
 それまで貴族は斬首、庶民は絞首という苦しみの長引く処刑方法が採用されていたフランスで、医師ジョゼフ・ギョタンが「万人にとって平等で苦痛を与えない人道的な処刑器具があるので使ってはどうか」と提案した。これが歴史の表舞台にギロチンが登場した瞬間である。ただし、この『人道的処刑道具』も初期は性能が低く、国王ルイ16世なんて、太ってて首にも脂肪たっぷりだったモノだから一刀両断とはいかずに刃が途中で止まってしまい、結局は何人かが刃の上に乗ってようやく切り落としたというハナシ。
 その上、提案した時期が悪かった。折しもフランスは大革命の始まりの年であり、この『人道的処刑道具』は恐怖政治時代にバッカバッカ人の首を切り落として、一気に“人道的”どころか“恐怖の”処刑道具と化してしまった。多分その流れの中で、提案しただけのハズのギヨタンが実はギロチンの発明者であり、彼自身もギロチンで刑死した…なんて逸話が生まれてしまったんじゃないだろうか。
 その後この『人道性』にも疑問が生じ、ギロチンにかけられることが決定したある人物が「意識がある限りまばたきするから、どれだけの間意識があるのか調べてくれ」と友人に言い残し、その結果断頭後もしばらく意識があることが判明、ギロチンは一気に『最も残酷な処刑道具』へと転落した…と、『特命リサーチ200X』は言っていた。