▼1796〜1894

白蓮教徒の乱(Illustration:国守) 1661〜1795までの130年間、康煕帝・雍正帝・乾隆帝という三賢帝を排出、揺るぎない地位を確立していた清ちゃんだったが、衰退の第一歩は、民衆反乱に始まる。乾隆帝退位後、嘉慶帝になった瞬間、『白蓮教徒の乱』が起こるのだ。白蓮教徒の乱と言っても、実際には「白蓮教徒を中心とする農民反乱」であって、1796〜1804年まで続く清朝半分以上を巻き込む大反乱なのである。
 しかも、これをようやく鎮圧したと思ったら、今度はその白蓮教の一派である天理教徒が突如紫禁城内に乱入(1813)、これに呼応して地方反乱まで起こってしまった。19世紀前半には抗糧闘争が頻発。こりゃもうたまらん、というカンジの民衆反乱大安売り状態である。
 この民衆反乱は、1841年の平英団事件や1851年〜の太平天国の乱にまでつながっていく、清ちゃんとしては非常にやりにくいカンジの流れなのだった。