▼1840〜42

アヘン戦争(Illustration:国守) 康煕帝の時代、中国でのキリスト教布教に関して、中国伝統の「孔子を崇拝し子孫を祀る」儀礼を認めるかどうか、ということが問題になった(典礼問題)。ローマ教皇側の見解が「認めない」だったからさあ大変。怒った清朝はキリスト教を締め出しにかかり、乾隆帝に至っては貿易の港を広州一港に限定し、更に公行(コホン)という特許商人の組合以外は貿易しちゃイカンという極端な制限貿易に出る。これがそもそもの悲劇の始まりである。
 この制限貿易に業を煮やしたイギリスは、手っ取り早く金になる方法として、アヘンを流し始めちゃうのである。このアヘン貿易は民衆をボロボロにしただけでなく、銀を流出させ、銀価暴騰を引き起こした。清ちゃんは対抗策としてアヘン厳禁策を採って、アヘンを廃棄したり、アヘン商人を国外追放したりした。それに怒ったイギリスが、近代兵器を携えて攻め込んできたので、清ちゃんはひとたまりもなく負けてしまったわけである。
 この時期、イギリスの我が儘に勝てる国はない、ということなのだな。