▼1857〜59:ムガル帝国

シパーヒーの乱(Illustration:マスダ) 一定年齢より上の方は、シパーヒーの乱と言うより『セポイの反乱』という名の方が親しみがあると思われる、インドの大反乱である。
 イギリスによるインド植民地化の過程で、イギリス東インド会社は現地のインド人を傭兵として雇い(このインド人傭兵をシパーヒーと呼ぶ)、低賃金・低待遇で彼らを支配の道具として利用した。人種・地域・宗教・カーストなど、細分化しているインドの現状を逆手にとって上手にインド支配を固めていたのだが、あるときシパーヒーの間にこんなウワサが流れた。
 「イギリスの配給するライフルの薬夾には、牛と豚の脂が塗布してあるらしい」
 真偽のほどは確かではないが、ライフルの薬夾は大抵の傭兵が歯でくいちぎって開封しており、万が一「本当」であれば、これは宗教上とんでもないことである。
 ウワサがウワサを呼んで、今までの不満が一気に噴出。1857年、インド全土を巻き込む大民族反乱となってしまったのである。
 武器装備の圧倒的な違い、シパーヒー側の統一指導人物の欠如、周辺民族の非賛同によって反乱は失敗に終わるも、シパーヒーの反乱はインド民衆にとって「民族独立運動の原点」であり、あの偉大なるガンジー※1を生み出すインドの戦いは、ここから始まるのである。


※1 ワタシはガンジーを尊敬しているのである。まさに「マハトマ」だと思っているので、インドには頑張って欲しいと思っているのだ。核実験なんかしてる場合じゃないぞ