▼1867〜1952:政治家

平沼騏一郎(Illustration:国守) 司法官・政治家で、1939年組閣、第2・3次近衛内閣の国務相。
 1939年1月、第1次近衛内閣総辞職後組閣。総親和を主唱。
 日独軍事同盟締結をはかるが交渉停滞。そうこうするうち日英会談も失敗。アメリカは日本の中国侵略に抗議して日米通商航海条約廃棄を通告。困っちゃったところへもってきて、ドイツはコミンテルンとソ連に対抗するための「日独伊防共協定」が調印(1937年11月)されているにもかかわらず、39年8月に「独ソ不可侵条約」を締結※1してしまった。
 これですっかりわけわかんなくなっちゃった平沼は、やけっぱちで総辞職してしまう。
 最初からドイツを甘く見たのが間違い、と国守は思った。


※1 結局ドイツはこの条約をも破っている。やはりヒトラーあなどりがたし。