▼1870年代:ロシア帝国

ナロードニキ運動(Illustration:マスダ) クリミア戦争に敗北したロシアが、ようやく近代化の遅れに気づき頑張り始めた頃の知識人階級の啓蒙運動。
 当時ロシアではアレクサンドル2世によって『農奴解放令』という画期的法令が、しかしヨーロッパからは3世紀以上遅れて発せられたところだった。
 しかしロシアの窮状はそんなことでは救えない、専制が存在する限り近代化は達成できないと考えたロシアの都市知識人階級(インテリゲンツィア)は、「無知な農民たち」を啓蒙して、資本主義を通過せず社会主義への革命を起こそう!としたのである。その時の合い言葉が「人民の中へ(ヴ・ナロード)」であることからナロードニキ運動と呼ばれる。
 しかし、彼等はしょせん「都会のおぼっちゃん」たちだった。こんなインテリさんがいきなり明日の食物をもしれぬ農民の中にやってきて、専制がどうの、社会主義がどうの、そんな能書きをたれても農民たちが耳を貸すわけもない。そんなことより畑を手伝え、と言いたいところであろう。
 結局農民の無関心と官憲の弾圧に運動は挫折し、初めて挫折したインテリさんたちの中には、世をひねて暴力主義(テロリズム)や無政府主義(アナーキズム)虚無主義(ニヒリズム)などの過激な方向に走っていくヤツも現れた。アレクサンドル2世暗殺は、このようなテロリズムの一貫なのであった。
 いつの世も、挫折を知らないヒトは「キレルと恐い」ということなのであろうなあ。わびさび。